世界の端っこは、地図のどこにも載っていない。
けれど、確かにそこへ行く道はあって、たとえば夕焼けが少しだけ長く続く日や、帰り道の影がやけに伸びる日に、ふと見つかることがある。
わたしがその場所を知ったのは、一通の手紙がきっかけだった。
「世界の端っこで待っています。遅れてもいいから、必ず来て」
差出人の名前はなかった。
けれど、見覚えのある丸い字で、最後に小さく「いつもの場所より、少しだけ遠く」と添えられていた。
思い当たるのは、ひとりだけだった。
あの人は、いつも約束に少し遅れてやってきて、代わりに「ごめんね」と言いながらポケットから小さなお菓子をくれた。
わたしはそれを受け取って、「今度はわたしが待つ番だね」と笑ったことがある。
それきり、会えなくなった。
理由は、うまく思い出せない。
ただ、ある日を境に、同じ場所に行っても、もう姿はなかった。
まるで、最初からいなかったみたいに。
だから、この手紙が届いたとき、胸の奥が静かに鳴った。
行かなくちゃ、と思った。
———
世界の端っこへ行くには、少しだけ工夫がいる。
いつも通る道を、三回まっすぐ進んでから、四回目で曲がるのをやめる。
信号は青でも渡らず、風が吹いた方向にだけ歩く。
そうしているうちに、街の音がだんだん遠くなって、代わりに、知らない静けさが近づいてくる。
気がつくと、道は細くなり、空はやけに広くなっていた。
そして、その先に——
何もなかった。
ただ、白い地面がどこまでも続いていて、その向こうは、ふっと消えている。
まるで世界がそこまでで終わっているみたいに。
「ほんとうに、あったんだ……」
呟いた声は、すぐに空に溶けた。
そのとき。
「来てくれたんだね」
振り向くと、そこに、あの人が立っていた。
少しだけ背が伸びていて、でも、笑い方は変わっていなかった。
「遅れてごめん」
そう言うと、あの人はポケットを探って、いつものように何かを取り出そうとして、少し困った顔をした。
「今日は、何も持ってきてないや」
「いいよ」
わたしは笑って首を振った。
「今日は、わたしが待ったから」
その言葉に、あの人は少し驚いて、それから安心したように笑った。
しばらく、ふたりで端っこに座った。
足をぶらさげると、下は見えなかった。
落ちるのか、それとも何かがあるのか、わからない。
ただ、風だけが、ゆっくりと下から上へ流れてくる。
「どうして、ここに?」
わたしが聞くと、あの人は空のほうを見上げた。
「ここなら、忘れられないから」
「忘れられない?」
「うん。世界の端っこはね、どこにも続いてないから、消えないんだよ。途中にあるものは、みんな流れていくけど、ここだけは残る」
その言葉の意味を、わたしはすぐには理解できなかった。
けれど、なぜだか、少しだけ寂しい響きがあった。
「だから、待ち合わせにはちょうどいいと思って」
あの人はそう言って、わたしのほうを見た。
「また、いなくなっても、ここなら会える」
胸の奥で、何かがほどけた。
「……いなくならないでよ」
思わず言ってしまった言葉に、自分でも驚いた。
あの人は、少しだけ困ったように笑った。
「それは、約束できない」
「ずるい」
「でもね」
あの人は、そっと手を差し出した。
「来てくれたら、必ずここで待ってる」
その手を、わたしは少し迷ってから、握った。
あたたかかった。
確かに、そこにいた。
風が、少しだけ強く吹いた。
白い地面の向こう、世界の終わりが、かすかに揺らいだ気がした。
「次は、わたしが手紙を書くね」
わたしがそう言うと、あの人は嬉しそうに頷いた。
「遅れてもいいから?」
「うん。必ず来て」
同じ言葉を、今度はわたしが渡す番だった。
———
帰り道、振り返ると、そこにはもう何もなかった。
白い地面も、世界の端も、消えていた。
けれど、手の中には、確かなぬくもりが残っていた。
たぶん、また迷う日が来る。
どこへ行けばいいのかわからなくなる日も、きっとある。
でも、そのときは思い出せる。
世界の端っこで、誰かが待っていることを。
そして、遅れてもいい約束が、ちゃんと続いていることを。

