面白い

世界のバグを見つける係

私の仕事は、世界のバグを見つけることだ。正式な肩書きは「現実整合性監査員」だが、そんな名前を覚えている人はいない。そもそも、私の存在自体が多くの人にとってはバグのようなものだった。バグは派手に現れない。空が裂けたり、人が突然消えたりはしない...
面白い

世界が思い出す前に

世界には、忘れる速度がある。人が思い出すよりも少しだけ早く、出来事は背景へと溶けていく。その速度を測る仕事を、私はしていた。正式な職名は「記憶観測員」。けれど実際には、世界が思い出す前に消えてしまうものを、そっと書き留める係だ。観測室は街の...
面白い

心拍より遅い手紙

この町では、手紙は心拍より遅く届く。郵便局の壁にそう書かれた古い注意書きを、私は何度も読み返していた。赤茶けた文字は擦り切れ、まるで鼓動の数え方を忘れてしまった心臓のようだった。手紙を投函するとき、窓口の人は必ず尋ねる。「どのくらい遅くても...
面白い

記憶に残らない駅

その駅は、地図にも記録にも残らない。利用者もほとんどいないが、まったくいないわけでもない。ただ、誰もが降りた理由を思い出せないだけだ。私は確かに別の場所へ向かっていた。朝の通勤列車、いつもの時間、いつもの車両。気づけば扉が開き、身体が勝手に...
面白い

夜が終わる直前の名前

夜が終わる直前、世界はまだ自分の名前を思い出していない。東の空がわずかに白みはじめるころ、私は駅前の橋の上に立っていた。川は夜の名残を抱えたまま、黒とも青ともつかない色で流れている。街灯はまだ消えきれず、星はもう戻る場所を失っていた。その時...
面白い

未使用のさよなら

引き出しの奥に、使われなかった言葉がある。それは紙切れでも、音声データでもなく、ただ胸の内側に折りたたまれたまま残っている。あの日、君が駅のホームに立っていたとき、私は確かに「さよなら」を用意していた。何度も頭の中で発音し、声の高さや間の取...
面白い

忘れられる順番

人は、忘れられる順番を選べない。この町には、忘却局という小さな施設がある。白い外壁に、窓はひとつだけ。看板も出ていないが、町の人間は皆、そこが何をする場所かを知っていた。人が死んだあと、残された記憶が、どの順で世界から消えていくのかを記録す...
面白い

きみがいなかった午後の温度

午後二時。部屋の温度計は、きみがいた頃より二度低い数字を示していた。エアコンは同じ設定のまま、カーテンも閉じたままなのに、その差だけがどうしても埋まらない。きみがいなかった午後は、音が少なかった。冷蔵庫の低い唸りと、壁時計の秒針だけが、規則...
面白い

名前のない余白

その余白には、名前がなかった。ページの中央でも、端でもない。文章と文章のあいだに残された、ほんの指一本分の空白。誰もそこを読もうとしないし、そこに意味があるとも思わない。けれど私は、その余白がひどく気になっていた。古い記録庫で働き始めて三年...
面白い

世界が息を止めた一秒

その一秒は、誰にも気づかれなかった。朝の交差点で、信号が変わる直前。風がビルの隙間を抜け、コーヒーの匂いが漂い、誰かのイヤホンから漏れた音楽が空に溶ける、その瞬間だった。世界は確かに、息を止めた。音が消えたわけではない。色が失われたわけでも...