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きみと世界の裏口から

世界には裏口がある、ときみが言い出したのは、梅雨の終わりだった。放課後の教室で、窓の外に垂れこめる雲を見上げながら、きみはひどく真面目な顔をしていた。「正面から出入りするから、みんな同じ景色しか見られないんだよ。裏口はね、忘れられたもののた...
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未来をくすぐる風の配達人

その街には、ときどき未来をくすぐる風が吹く。それは天気予報にも載らないし、洗濯物も揺らさない。ただ、人の胸の奥だけを、ふっと撫でていく。くすぐられた人は、まだ見ぬ出来事の輪郭を、ほんの少しだけ感じ取るのだ。風の配達人は、街のはずれの古いアパ...
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月曜日だけ空を飛べる靴

その靴は、月曜日だけ空を飛べた。商店街のいちばん奥、曜日ごとに看板の文字が変わる古びた靴屋で、わたしはそれを見つけた。日曜日の夕方だったから、看板にはまだ「準備中」とだけ書いてあった。けれど店の奥の棚で、淡い青色の靴が、まるで朝の空を切り取...
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ひとさじ分の奇跡は売り切れです

商店街のはずれに、その店はある。看板には、小さな文字で「奇跡、量り売り」と書かれている。ガラス戸を開けると、鈴が澄んだ音を立てる。棚には、瓶がずらりと並んでいた。金色の粉、青く光る結晶、朝焼けみたいな液体。どれも値札がついている。私は、その...
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くしゃみで始まる小さな冒険

その朝の冒険は、ひとつのくしゃみから始まった。「へっくしゅん!」わたしのくしゃみは、やけに澄んだ音をしていた。春の花粉のせいにしては、あまりに軽やかで、どこか遠くへ飛んでいきそうな響きだった。くしゃみのあと、窓の外から小さな声がした。「いま...
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未来にだけ存在する図書館

未来にだけ存在する図書館は、地図にも記録にも載っていない。ただ、まだ起きていない出来事の隙間にだけ、ひっそりと建っている。その図書館に入るには、「これから失うもの」をひとつ思い浮かべなければならない。失恋でも、若さでも、あるいはまだ手に入れ...
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世界が二周目に入っていることに気づく少女

二度目の春、桜は前より少しだけ咲き急いでいた。最初に違和感を覚えたのは、通学路の角にある自動販売機だった。売り切れのはずのミルクティーが補充されている。昨日、最後の一本を買ったのは、たしかに私だったのに。それは些細なことだった。けれど、その...
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笑い声を拾う係のひみつ

わたしの仕事は、落ちた笑い声を拾うことだ。街にはときどき、持ち主のいない笑い声が転がっている。たとえば、閉店した映画館のロビー。誰もいないはずなのに、椅子の足もとに小さな「はは」という欠片が落ちている。あるいは、雨上がりの歩道橋。水たまりの...
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今日は世界が寄り道する日

今日は、世界が寄り道する日だった。朝、目を覚ましたときから少しおかしかった。目覚まし時計は鳴らず、代わりに窓の外で見知らぬ鳥がゆっくり三回、咳をするように鳴いた。カーテンを開けると、いつもはまっすぐ伸びているはずの電線が、やわらかく弧を描い...
不思議

死神のインターン

わたしが死神のインターンになったのは、大学三年の春だった。きっかけは、履歴書の書き間違いだ。本当は「志望動機:人の役に立ちたい」と書くはずが、うっかり「人の終わりに立ち会いたい」と変換して送信してしまった。三日後、「採用」の通知が届いた。差...