面白い

コスモス畑の風にのせて

秋のはじまりを知らせる風が、丘の上のコスモス畑をそっと揺らしていた。淡い桃色、白、そして夕陽のような濃い赤——無数の花が風にさざめき、まるで世界が柔らかな絵筆で塗り重ねられたようだった。七海は、その畑をひとりで歩いていた。ここは、小さい頃、...
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カイの島風

南の島の入り江に、一本のヤシの木が立っていた。白い砂浜に影を落とし、季節が巡っても変わらない穏やかな姿で、島に訪れる人々を静かに見守ってきた。島の人々はその木を「カイ」と呼んでいた。古くからそこにあり、まるで島の長老のように、誰よりも海と風...
不思議

雲の上のゴンドラ便

高原の町・ミストロッジには、朝になると不思議な音が響く。チリン、チリン——まるで小さな鐘が風に乗って転がるような涼しい音。それは、町と雲の上を結ぶ一本のゴンドラが動き出した合図だった。ゴンドラの名前は「スカイメロウ」。青い湖のような色をした...
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レザーウッドハニーの物語

タスマニアの深い森に、ひときわゆっくりと時を刻む木がある。レザーウッド――その名のとおり、革のように丈夫な樹皮を持ち、気まぐれに花を咲かせる木だ。森に住む人々は昔から、その花が開く瞬間を「森が呼吸する時」と呼んだ。なぜなら、レザーウッドの花...
食べ物

味をつなぐ店

名古屋駅から少し離れた裏通りに、小さな定食屋「かつのや」がある。木製の引き戸は年季が入り、昼時にはサラリーマンと学生でぎゅうぎゅうになるほど人気だ。看板料理は、もちろん味噌カツ。甘く、少しほろ苦い香りの味噌だれが、店の前を通るたびにふわりと...
食べ物

味のしみる時間

冬の風が町を吹き抜け、夕暮れの光が赤く台所を染めていた。七海は、祖母の家の勝手口に置かれた買い物袋をそっと覗いた。中には、れんこん、ごぼう、にんじん、鶏肉、干し椎茸……いかにも「筑前煮」らしい具材が整然と詰まっている。「今日は、これを一緒に...
食べ物

心を運ぶエビフライ

商店街の一角に、昔ながらの定食屋「こはる亭」があった。暖簾をくぐると、ふわりと漂う油の香り。そこで働く青年・春斗は、祖母から店を受け継いで以来、毎日ひとつのメニューを心を込めて揚げていた――エビフライだ。こはる亭のエビフライは特別だった。驚...
食べ物

海へ帰る日

志摩半島の沖合。夕日に照らされ、海面は金色に揺れていた。海の底では、タカアシガニの“タケル”がゆっくりと長い脚を動かしていた。十本の脚を伸ばすたび、砂がふわりと舞い、静かな海の中に模様を描く。タケルは自分より小さな魚たちが近くを泳ぎ抜けるの...
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午後三時の約束

晴れた日の午後三時、商店街のはずれにある小さな喫茶店「リーフノート」に、香澄は今日も足を運んでいた。木の扉を押すと、ベルが軽やかに鳴る。カウンターの奥ではマスターが穏やかな笑顔で迎えてくれる。「いつものミルクティーでいい?」「はい。お願いし...
食べ物

瓦そばの店で

山口県の小さな町、萩のはずれに、古びた茶店が一軒あった。看板には、煤けた文字で「川原庵」と書かれている。冬の終わり、観光客もまばらなその町で、湯気を立てる鉄瓶の音だけが静かに響いていた。店を切り盛りするのは、七十を越えた女性・澄江だった。夫...