ホラー

深夜二時の落とし物センター

深夜二時。都会の駅ビルはほとんどの明かりを落とし、わずかに残った非常灯が濁った光を床に落としていた。終電を逃してしまった私は、仕方なく駅のベンチで時間をつぶそうとしていた。と、そのとき――スピーカーから、かすれたアナウンスが流れた。「……お...
食べ物

黄色い一匙の魔法

東京の下町に、古びた木造アパートがある。そこに住む一人の青年、青山遥人は、筋金入りの“マスタード好き”として近所でちょっと有名だった。きっかけは小学生の頃。父がつくってくれたホットドッグに、ほんの少しだけ粒マスタードがかかっていた。口に入れ...
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巡りゆく瓶の旅

そのガラス瓶は、街はずれの小さなカフェで生まれ変わりの時を待っていた。もともとはハーブティーの瓶として世界中を旅し、やっと落ち着いた場所がこのカフェだった。透明な体に、淡い緑のラベル。中身が空になったその日、店主の紗耶は瓶をそっと洗い、リサ...
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アリッサムの小さな風の物語

海に近い丘の上に、ひっそりと佇む古い灯台があった。いまでは灯りをともすこともなく、観光客が時折写真を撮りに来るだけの静かな場所。しかし、その足元には毎年春になると白や薄紫の小さな花が、一面に広がって咲き誇る。その花こそ、アリッサムだった。丘...
食べ物

潮の上で握る一瞬(ひととき)

銀座の外れに、小さな寿司屋「潮(うしお)」がある。看板は控えめで、通りすがりには気づかれないほどだが、暖簾をくぐった者は誰もが「ここには特別な空気がある」と感じるという。その店を切り盛りするのは、六十五歳の寿司職人・村岡海斗(むらおか かい...
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リボンの風が吹く町で

風の強い町だった。坂の多い地形に海から吹き上げる潮風が混ざり、通りを歩けば必ず髪が揺れる。けれど、その風が大好きだと言う人がいた。名前は紬(つむぎ)。町で小さな雑貨屋を営み、特にリボンを集めることに情熱を注ぐ女性だ。店に入ると、最初に目に飛...
食べ物

潮騒キッチンの青い薫り

港町・鳴砂(なるさ)に、一風変わった料理人がいた。名は 鯖江 蒼(さばえ あお)。その名の通り、彼はサバをこよなく愛していた。刺身、味噌煮、塩焼き、竜田揚げ、燻製、締めサバ、サバサンド……。彼の頭の中は、四六時中サバ料理のことでいっぱいだっ...
食べ物

きりたんぽ鍋のあたたかい帰り道

秋田の山あいにある小さな集落――桐森(きりもり)に、ひとりの青年が帰ってきた。名前は悠斗。東京での仕事に追われる日々が続き、心身ともに疲れ果て、「少しだけ休みがほしい」と思ったとき、ふと故郷の匂いを思い出したのだ。ストーブの香り、風の冷たさ...
動物

風に乗りたかったリス

森の外れに、小さな丘があった。そこには一本の大きなクルミの木が立ち、季節ごとに色を変えながら、森の仲間たちを見下ろしていた。その木の上に暮らしているのが、リスのピポ。ふわふわのしっぽが自慢で、好奇心が誰よりも強いリスだった。ピポには、ずっと...
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永灯《えいとう》の継承

山のふもとにある小さな集落・火ノ澄《ひのすみ》には、古くから一本の松明が受け継がれてきた。その名も「永灯《えいとう》の松明」。どれほど強い雨の中でも決して火が消えないと言われ、村人たちは祭りや大切な儀式のたびにその火を分けてもらっていた。松...