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サブウェイの約束

深夜0時。マンハッタンの地下鉄Cライン、59丁目の駅。ホームには数人の酔客と、スマホに夢中の若者たち。誰もが無関心を装い、目を合わせない。だが、その中にひとり、周囲とは明らかに違う雰囲気の少女がいた。リナは23歳。日本から一人でニューヨーク...
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ハスカップの約束

北海道の東の小さな町、厚真。春の終わりに雪が溶けると、町の空気は少しだけ甘くなる。地元の人々にしか分からない匂い――それは、山に自生するハスカップの芽吹きだった。中原沙織は、十年ぶりにこの町へ戻ってきた。母が亡くなって、実家をどうするか話し...
食べ物

アスパラガスの王子さま

「アスパラガスは、愛なんだ」町の誰もがそう口にするのは、八百屋「青竹屋」の若き店主・相原潤一のことを語るときだった。潤一は、アスパラガスが大好きだった。どれくらい好きかというと、朝食にはアスパラのソテー、昼はアスパラのペペロンチーノ、夜はア...
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綿の祈り

四国の片隅、小さな町工場に、世界一のタオルを織り上げた男がいた。名を桐山宗一郎という。宗一郎が初めてタオルを織ったのは、まだ二十歳のときだった。父が営む小さな織物工場で、見よう見まねで機械を動かした。織り上がったタオルは分厚く、ゴワゴワして...
食べ物

月夜のビスケット店

駅前から続く小さな商店街の外れに、「ビスケット日和」という店がある。木造の可愛らしい建物で、看板には手描きのビスケットと、ふわりとした筆致で店名が書かれていた。昼間は人通りが少ないが、不思議なことに夜になると、ぽつりぽつりと客が訪れる。店主...
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希望の窓際席

東京駅のホームに、早朝の霞が立ち込めていた。発車を待つ東海道新幹線「のぞみ」は静かにその巨体を横たえ、乗客たちはそれぞれの物語を抱えて車内へ吸い込まれていく。川村葵(かわむらあおい)、28歳。東京のIT企業に勤めて五年、仕事に追われる日々だ...
食べ物

アジフライの向こう側

港町・葉浜(はばま)に住む三十六歳の独身男、佐伯修司は、アジフライが好きだった。好きというより、執着に近い。週に五回は食べる。昼に食べ、夜にも食べる。冷凍のアジフライは認めない。手で捌いたアジからでなければ、アジフライとは呼べないと信じてい...
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雲海の向こうに

山深い村、霧ヶ岳(きりがたけ)のふもとにある集落には、古くから「雲渡り(くもわたり)」という風習があった。秋が深まり、朝晩の冷え込みが強くなった頃、霧ヶ岳の山頂から望む雲海が、まるで天と地を隔てる白い海のように広がる。その海を「渡る」ために...
不思議

パンケーキ雲の旅

ある朝、ひとりぼっちの小さな町のパン屋「こむぎのしらべ」に、ふしぎなお客さまがやってきました。くるくるの金色の髪、白いマントに身を包んだ少女は、そっとカウンターに近づくと、声を潜めて言いました。「ふわふわの、雲みたいなパンケーキ、ありますか...
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梅の木の下で

春まだ浅い三月の初め、山間の小さな町に、ひとりの女性が戻ってきた。名前は香織(かおり)。東京で十年ほど働いたあと、心の疲れを癒すため、かつて祖母と過ごした古い家に帰ってきたのだった。町は変わっていなかった。相変わらずの静けさ。人々はゆったり...