山間の小さな村に、ひとりの女性が住んでいた。
名を綾といい、幼い頃から植物に親しんで育った。
彼女の家は村の外れにあり、周囲には森や野原が広がっていた。
綾は子どもの頃から、道端や草原に咲く野草に強く惹かれていた。
村の人々は、花を飾るなら市場で買ったものが良いと言っていたが、彼女は名前も知らないような野草にこそ、特別な美しさがあると信じていた。
ある日、彼女は森の奥で不思議な形をした花を見つけた。
紫色の小さな花びらが風に揺れ、朝露を受けて輝いている。
その美しさに心を奪われた彼女は、そっと摘んで持ち帰ることにした。
しかし、そのままではすぐにしおれてしまう。
なんとかこの美しさを長く保つ方法はないかと考えた綾は、試しに天日に干してみることにした。
数日後、花は乾燥し、思いのほか美しい姿を保っていた。
色は少し褪せたものの、繊細な形はそのままで、むしろ枯れる前よりも味わい深くなったように思えた。
それ以来、彼女はさまざまな野草を集め、乾燥させることを試みるようになった。
初めは趣味の範囲だったが、次第に村の人々の目にも留まるようになった。
「こんな素朴な花が、こんなに美しくなるなんて」と、驚く人もいた。
そして、いつしか綾は村の人々のために、ドライフラワーの飾りを作るようになった。
ある日、都会から訪れた旅人が、綾のドライフラワーを見て声をかけた。
「これは素晴らしい作品ですね。よろしければ、私の店で売らせていただけませんか?」
その旅人は、都会で雑貨店を営んでいるという。
彼女の作るドライフラワーの美しさを気に入り、ぜひ広めたいと申し出た。
綾は戸惑いながらも、野草の魅力をもっと多くの人に伝えられるかもしれないと思い、申し出を受けることにした。
それからというもの、綾は本格的にドライフラワー作りに取り組むようになった。
森や野原を歩き回り、季節ごとに異なる草花を集め、乾燥させ、束ね、ひとつひとつ丁寧に作品へと仕上げていった。
その美しさは評判を呼び、都会の店でもよく売れるようになった。
だが、綾は決して無闇に花を摘むことはしなかった。
彼女にとって大切なのは、自然の営みを損なわずに、その美しさを分かち合うことだった。
必要以上に摘み取らず、根が残るように気をつけ、翌年もまた花が咲くように配慮した。
そんなある日、村の少女が綾を訪ねてきた。
「私も、綾さんみたいに花を集めてみたい!」
少女の目は輝いていた。
綾は微笑み、「じゃあ、一緒に森へ行こう」と誘った。
二人は森へ入り、どんな花がどこに咲いているかを学びながら、慎重に摘んでいった。
少女は摘んだ花を愛おしそうに見つめ、綾に倣って乾燥させる方法を学んだ。
こうして、綾のドライフラワー作りは村に少しずつ根付いていった。
村の人々も、野草の持つ美しさを改めて知るようになり、綾の作る花飾りを家に飾るようになった。
それから数年後、少女は成長し、綾の仕事を手伝うようになった。
綾は次の世代に自分の知識を伝えることができたことを、心から嬉しく思った。
そして、村の人々とともに、これからも野草の美しさを守り続けていこうと決意するのだった。
風にそよぐ草の音が、今日も彼女の心を静かに満たしていた。