半身浴が好きな主人公、彩花(あやか)は、都会の喧騒から少し離れたマンションに一人暮らしをしていた。
彼女は広告会社で働くキャリアウーマンで、日々忙しい仕事に追われる中、半身浴をする時間が唯一の癒しだった。
毎晩、帰宅すると、彩花はバスルームへ直行する。
お気に入りのアロマオイルを数滴たらし、湯船にお湯を半分ほどためる。
そして、柔らかな灯りのキャンドルを並べ、本を片手にゆっくりと湯船に浸かるのが彼女の習慣だった。
そのときばかりは、時間がゆっくりと流れ、仕事や人間関係のストレスから解放される瞬間だった。
ある日、会社でのプレゼン準備に追われ、いつも以上に疲れて帰宅した彩花は、半身浴をしながら偶然目にした小説に心を奪われた。
その小説は、田舎の温泉地を舞台にした恋愛物語だった。
自然豊かな景色と温泉の描写がリアルに書かれており、主人公の女性が温泉地で出会う人々との交流や成長が描かれていた。
“こんな温泉地に行けたら、きっと心がもっと癒されるだろうな…”
そんな思いが頭に浮かび、彩花はその晩、ネットで温泉地を調べ始めた。
偶然にも、小説の舞台となった温泉地が実在することを知り、彼女は勢いでその温泉地への一人旅を予約してしまった。
週末、彩花は初めての一人旅に出発した。
目的地の温泉地は、山間に位置し、自然に囲まれた静かな場所だった。
到着してすぐに、彼女は地元の旅館にチェックインし、部屋に用意された源泉掛け流しの露天風呂を楽しむことにした。
その温泉は、昼間は青空を、夜は満天の星を眺めながら入れる贅沢な場所だった。
湯船に浸かりながら、ふと彩花は隣の部屋から聞こえてくる静かなギターの音に気づいた。
メロディーはどこか切なくも美しく、心を掴まれるような感覚を覚えた。
翌朝、旅館の食堂で朝食をとっていると、ギターの音の主と思われる男性が目に入った。
30代前半くらいの柔らかな笑顔を持つ彼は、旅館のスタッフだった。
勇気を出して話しかけた彩花は、彼が旅館の手伝いをしながら地元でアマチュアのミュージシャンをしている、悠真(ゆうま)という名前であることを知った。
悠真との会話は自然と弾み、温泉や地元の話、音楽の話など、次々と話題が広がった。
旅館を出る前日、悠真は彩花に、「今晩、温泉のテラスでライブをするんです。
良かったら聴きに来てください」と誘った。
その夜、彩花は星空の下で悠真の演奏を聴いた。
澄んだ空気に響くギターの音色と歌声は、彩花の心に深く染み渡った。
その瞬間、彼女は都会の喧騒や仕事のプレッシャーから完全に解放され、久しぶりに自分を取り戻したような感覚を味わった。
翌朝、彩花は旅館を後にする準備をしていたが、悠真が見送りに来てくれた。
“また、ここに帰ってきてくださいね。次はもっと新しい曲を用意しておきますから。”
彼の言葉に彩花は微笑み、「必ず戻ってきます」と答えた。
東京に戻った彩花は、これまで以上に仕事に励みながらも、週末には半身浴を楽しむ時間を欠かさなかった。
そして、温泉地での思い出と悠真の歌声を心に抱きながら、次の訪問を楽しみに日々を過ごしていた。
それから数ヶ月後、彩花は再び温泉地を訪れる計画を立てていた。
今度は、悠真ともっと深く交流し、新しい自分を見つける旅になる予感がしていた。
半身浴で始まった彩花の癒しの時間は、温泉地という新たな世界を開き、彼女の人生に思いがけない彩りを与えてくれたのだった。