不思議

ニラと光る猫

町外れのアパートに、ニラが大好きな男が住んでいた。名は島田光太(しまだこうた)、三十六歳、独身。スーパーの青果売り場で働く彼は、毎日規則正しく仕事を終え、まっすぐ帰宅すると、冷蔵庫に入っているニラの束を取り出しては、ニラ玉、ニラ炒め、ニラう...
面白い

ラベンダーの丘で

山あいの静かな村に、ひとりの男がいた。名は佐久間慎一。年の頃は五十を過ぎ、髭には白いものが混じっていたが、背筋はまっすぐで、眼差しは少年のように澄んでいた。慎一は二十代の頃、東京の広告会社で働いていた。クリエイティブな仕事に憧れ、寝る間も惜...
食べ物

メンチカツの味

東京の下町、荒川区の一角に、昭和から続く小さな肉屋「肉のさいとう」があった。商店街の外れにあるその店は、外から見ればどこにでもある古びた店構え。しかし昼どきともなれば、店の前には長い行列ができる。その理由は、看板メニューの「メンチカツ」だっ...
不思議

琥珀色の美

朝、陽が差し込む台所で、千代はゆっくりとグラスにお酢を注いだ。リンゴ酢に蜂蜜をひとさじ。それをぬるま湯で割るのが、彼女の日課だった。かれこれ十年以上、毎朝欠かさず飲み続けている。理由はただひとつ。美しくあるためだ。「肌がつやつや」「血行がよ...
面白い

泡の向こうの約束

深夜のバーは、まるで時間が止まったように静かだった。東京・麻布の裏路地にひっそりと佇むその店「Étoile」は、看板も出していない。けれど、毎週金曜の夜十時になると、彼女は決まって姿を現す。名は、結城 澪(ゆうき・みお)。年齢不詳、職業不明...
不思議

トンネルの向こうで

町の外れに、誰も近づかない古いトンネルがある。鉄道用に掘られたものだが、線路はすでに撤去され、今では草と蔦に覆われたコンクリートのアーチがぽつんと残るだけ。地元の子どもたちは「幽霊トンネル」と呼び、夕暮れ時になると決して近づこうとはしない。...
食べ物

キムチの火、心の味

中村浩一(なかむらこういち)、四十歳。かつては大手広告代理店の営業部に勤めていた。日々スーツに身を包み、クライアントの顔色を伺いながら数字を追う毎日。しかしある時、ふと自分の人生に疑問を持った。「このまま歳を取って、俺は何を残すんだ?」そん...
面白い

午後四時のアールグレイ

日暮れの街は、橙色のヴェールをまとっていた。東京の外れ、小さな喫茶店「Rainy Bell」では、カップの中からかすかにベルガモットの香りが立ち上っている。その店の奥、窓際の席にいつも同じ人物が座っていた。黒縁メガネに、古びたトレンチコート...
食べ物

牛タンと君の約束

仙台の小さな居酒屋、「炭火焼まる福」。そこで働く青年・直樹は、牛タンが好きだった。いや、好きなんて言葉じゃ足りない。牛タンのために生きている、と言っても過言ではないくらいだ。炭火でじっくり焼かれ、肉厚なのに柔らかい。噛むたびに広がる旨味と、...
食べ物

やさしさはプリンのかたち

高橋杏(たかはし・あん)はプリンが好きだった。いや、「好き」という言葉ではとても足りない。もはや人生における存在理由のひとつといっても過言ではない。朝食にプリン、昼もコンビニでプリン、夜はスーパーで買った特売プリンで一日を締めくくる。もちろ...