動物

森のくまの手紙

北の森の奥深く、雪解け水がきらめく小川のそばに、一頭のくまが暮らしていました。名前はトモ。冬眠から覚めたばかりの春の朝、トモは巣穴の前で鼻をひくひくと動かしました。森の匂い。湿った土と若葉、そしてどこか甘い香り。その香りをたどって歩くと、小...
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勝手に動くおもちゃ

古びた木造の家の二階、ほこりをかぶったおもちゃ箱の中に、それは眠っていた。ゼンマイ仕掛けのブリキのウサギ。片方の耳が少し曲がり、ペンキの塗装もところどころ剥げている。名前は「ピップ」。かつてこの家に住んでいた少女・みゆが大切にしていたおもち...
食べ物

春色の瓶の中で

朝の光が台所の棚をやわらかく照らす。ガラス瓶の中で、赤い果実がきらめいていた。いちごジャム。香織はその瓶のふたを開け、そっとスプーンを差し込む。甘酸っぱい香りが、ふっと鼻をくすぐった。――この匂いを嗅ぐと、いつも春を思い出す。実家の庭には、...
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ヒヤシンスの香り

春の風が街の角を曲がり、古いアパートの窓辺に並ぶ鉢植えの花たちをそっと揺らした。その中で、ひときわ鮮やかに咲き誇るのは、薄紫のヒヤシンスだった。結衣はその香りが大好きだった。朝、仕事へ行く前にカーテンを開け、花に霧吹きをかける。ほんのり甘く...
食べ物

チョコブラウニーの午後

春の陽ざしが差し込む窓辺で、真理はオーブンの前にしゃがみこんでいた。タイマーの針が残り三分を指している。ふわりと甘い香りが部屋いっぱいに広がり、胸の奥までとろけそうだった。チョコブラウニー——それは彼女にとって、ただの焼き菓子ではなかった。...
食べ物

くるり、甘い午後

日曜の午後、古びた商店街の角にある小さな喫茶店「ルーロ」。カウンターの奥では、店主の美佐子が泡立て器をくるくると回している。ボウルの中では生クリームがゆっくりと形を変え、白い峰を立てていく。「今日のは、ちょっと特別なの」そう言いながら、美佐...
食べ物

小倉トーストの朝

名古屋の喫茶店「つばめ珈琲」は、開店してもう三十年になる。古びた木の扉を押して入ると、コーヒーの香ばしい匂いと、バターが焼ける甘い香りがふんわりと鼻をくすぐる。カウンターの端の席に、毎朝、ひとりの青年が座る。名前は航平。二十七歳。近くの設計...
動物

ゆっくり森のルカ

ルカは、南の森でいちばん動かないナマケモノだった。朝になっても起きるのは太陽が空のてっぺんに来てから。夕方になっても、葉っぱをもぐもぐ食べるだけで、あとはずっと木の枝にぶら下がっていた。ほかの動物たちは、そんなルカを見てよく笑った。「おいル...
食べ物

潮の香りのひと皿

早苗は、朝の市場が好きだった。まだ陽が昇りきらない時間に、海の匂いが風に混じって漂ってくる。波の音を背に、漁師たちの威勢のいい声が飛び交う。彼女はいつものように籠を片手に、海藻を並べた一角へと歩いた。「おはよう、早苗ちゃん。今日も来たね」「...
食べ物

チョコバナナ通りの約束

夏祭りの夜、屋台の灯りがぽつぽつと並ぶ通りに、甘い香りが漂っていた。湊(みなと)はその匂いをたどって、チョコバナナの屋台の前で足を止めた。――懐かしい。思わず胸の奥がきゅっとなる。子どものころ、毎年この祭りに来ては、必ずチョコバナナをねだっ...