食べ物

シーチキンの向こう側

春野悠太(はるの・ゆうた)は、地味な会社員だ。毎日、満員電車に揺られ、会議にうなずき、パソコンの前で数字を睨む。誰にも嫌われず、誰の記憶にも残らないような生活。しかし、彼にはひとつだけ、人には言えないこだわりがあった。シーチキンが、好きなの...
動物

芝桜の丘のシマリス・シモン

丘のふもとに、小さな村がありました。春になると、村の上に広がる丘は、一面の芝桜でピンクや白、紫に染まります。その美しさを一目見ようと、森の動物たちや旅人たちが集まってくるのです。けれど、この芝桜が毎年美しく咲き誇るのには、ひとつ秘密がありま...
食べ物

いちごのシャーベット

夏の終わり、商店街の外れにある小さな喫茶店「こもれび」は、ひっそりと営業していた。木製の扉に掛けられた「OPEN」の札は色あせ、冷房の効いた店内にはレトロな扇風機がのんびりと回っている。高校三年生の美咲は、その店の奥の席に座っていた。目の前...
面白い

紫陽花の咲くころに

雨の降る音が、今年も彼女の心を揺らす。藤村遥(ふじむら・はるか)は、梅雨の季節になると決まって、駅から少し外れた丘の上にある小さな公園へと足を運ぶ。そこには、色とりどりの紫陽花が群れをなして咲いていた。青、紫、ピンクに白。雨に濡れるたびに花...
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一滴の真実

かつて東京の一等地でフレンチの名店を構えていた料理人・吉村誠一(よしむら せいいち)は、突然すべてを捨てて故郷の秋田に戻った。その理由を誰にも語ろうとしなかったが、彼にはひとつだけ、譲れない想いがあった。「本物の醤油を使いたい」誠一が最後に...
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太陽の手紙

三鷹市の国立天文台。その地下の観測データ室に、彼は毎日欠かさず通っていた。名を、柳井拓海という。三十七歳。小柄で眼鏡をかけ、話し声は小さいが、太陽のことを語るときだけは声が大きくなった。彼は太陽の磁気活動と黒点の周期変動を研究する天文学者だ...
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タピオカ、世界を目指す

タピオカは、小さな黒いつぶつぶだった。彼は台湾のとある工場で生まれた。他のタピオカたちと一緒に、もちもちの感触を得るために熱湯で煮られ、黒糖の香りに包まれていた。生まれたばかりのタピオカは、自分が何者で、どこに行くのかを知らなかった。ただ、...
食べ物

月光豆腐店の奇跡

人里離れた山あいの村に、「月光豆腐店」と書かれた古びた看板を掲げる店があった。夜しか開かないその店は、月がまん丸の晩にだけ、ふわりと灯りがともる。作るのは、ひとりの老人――月野仁左衛門(つきの・にざえもん)。白いひげを揺らし、誰もいない厨房...
食べ物

黄身ひとつ、命ひとつ

「それ、カルボナーラじゃないから」午後八時。常連でにぎわうイタリアンバルで、店主・斉藤剛の声が飛んだ。店内は一瞬静まり返る。カウンターの客が一斉に視線を向けた先には、若いカップルが手を止めていた。男の方が呆然とフォークを握ったまま固まってい...
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忍者に憧れた男

「――拙者、参上つかまつる!」午後三時、都内某所のオフィス街。スーツ姿の人々が行き交う中、一人だけ異様な格好をした男がビルの影から転がり出た。全身黒ずくめ、顔の下半分は覆面。背中には木刀、腰には手製の手裏剣ポーチ。「おい、またあいつだぞ……...