食べ物

ジャージャー麺のある風景

昼下がりの商店街。古びた時計屋の隣に、赤いのれんがひらひらとはためいている。店の名前は「栄楽亭」。メニューの一番上には、堂々と「特製ジャージャー麺」の文字が書かれている。佐伯ひろし、五十五歳。商社勤めを早期退職してからは、週に三回、この「栄...
食べ物

緑の一杯

駅から徒歩三分、古いアパートの一階にその店はあった。看板も出ていない。ガラス越しに見えるのは、木のカウンターと、壁一面に並んだガラス瓶。赤や緑、オレンジの液体が、陽の光に照らされてきらめいている。その店「ジュース工房・あおば」の主人は、藤井...
面白い

夜明けのスタンド

午前4時、まだ街が眠る時間。中山修二はいつものようにガソリンスタンドのシャッターを開けた。郊外の片隅にあるこのスタンドは、24時間営業という名目だが、深夜帯の客はほとんどいない。それでも誰かがいなければならない。修二は48歳。妻とは数年前に...
面白い

氷を愛する男

雪の舞う町、北ノ沢に住む一人の男がいた。名は白崎仁。年齢は四十を越えていたが、彼には少年のような目の輝きがあった。それは、「氷」がもたらすものだった。白崎は地元の高校で物理の教師をしていた。真面目で口数は少ないが、生徒からの信頼は厚かった。...
食べ物

月灯りの大福

春野遥(はるのはるか)は、三十歳を目前に控えた会社員だ。職場では無難に働き、友人とは適度な距離を保ち、恋愛はご無沙汰。そんな彼女の唯一の楽しみは、大福を食べることだった。白あん、黒あん、よもぎ、いちご、塩豆、ティラミス、チョコレート、マスカ...
不思議

星を飼う少女

ある町の外れに、古びたガラス工房があった。もう何年も前に店じまいしたその工房には、ひとりの少女が住んでいるという噂があった。名前を知る者はいない。ただ、人は彼女をこう呼んだ。「星を飼う少女」と。夜になると、その工房の天窓から微かな光が漏れる...
食べ物

ぜんまいの道

山深い村に住む老女、佐和子(さわこ)は、春になると毎年のように山へ分け入り、山菜を摘むのが何よりの楽しみだった。中でもぜんまいは特別だった。ぜんまいは他の山菜より手間がかかる。摘むのにも目がいるし、持ち帰ったらすぐに茹でて、揉んで、干してと...
動物

風の約束

北の大地に夏の光が差し込む頃、一羽の若いシギのオス――名をハルといった――は、生まれて初めての旅に出る準備をしていた。「秋になれば、みんな南へ向かう。それが私たちの宿命なのよ」と、母鳥は言った。ハルはその言葉を胸に刻みながら、空を見上げた。...
食べ物

冬の灯、牡蠣小屋にて

玄界灘の潮風が冷たく吹きすさぶ冬の日、港町・佐賀の片隅にひっそりと建つ一軒の牡蠣小屋がある。「牡蠣焼き つばき屋」。プレハブ造りの簡素な建物だが、夕暮れになると白い湯気とともに人々の笑い声が漏れ出す。その日、暖簾をくぐって中に入ってきたのは...
食べ物

焼けたホルモンの向こう側

阿部拓真(あべ・たくま)、35歳。独身。趣味、ホルモンを焼くこと。焼くというより、「焼き加減を極める」と言ったほうが正しい。彼は週に四回は必ずホルモン専門の居酒屋へ足を運び、炭火の前で黙々と網の上の小腸やシマチョウ、ミノに向き合っていた。「...