面白い

面白い

夜が終わる直前の名前

夜が終わる直前、世界はまだ自分の名前を思い出していない。東の空がわずかに白みはじめるころ、私は駅前の橋の上に立っていた。川は夜の名残を抱えたまま、黒とも青ともつかない色で流れている。街灯はまだ消えきれず、星はもう戻る場所を失っていた。その時...
面白い

未使用のさよなら

引き出しの奥に、使われなかった言葉がある。それは紙切れでも、音声データでもなく、ただ胸の内側に折りたたまれたまま残っている。あの日、君が駅のホームに立っていたとき、私は確かに「さよなら」を用意していた。何度も頭の中で発音し、声の高さや間の取...
面白い

忘れられる順番

人は、忘れられる順番を選べない。この町には、忘却局という小さな施設がある。白い外壁に、窓はひとつだけ。看板も出ていないが、町の人間は皆、そこが何をする場所かを知っていた。人が死んだあと、残された記憶が、どの順で世界から消えていくのかを記録す...
面白い

きみがいなかった午後の温度

午後二時。部屋の温度計は、きみがいた頃より二度低い数字を示していた。エアコンは同じ設定のまま、カーテンも閉じたままなのに、その差だけがどうしても埋まらない。きみがいなかった午後は、音が少なかった。冷蔵庫の低い唸りと、壁時計の秒針だけが、規則...
面白い

名前のない余白

その余白には、名前がなかった。ページの中央でも、端でもない。文章と文章のあいだに残された、ほんの指一本分の空白。誰もそこを読もうとしないし、そこに意味があるとも思わない。けれど私は、その余白がひどく気になっていた。古い記録庫で働き始めて三年...
面白い

世界が息を止めた一秒

その一秒は、誰にも気づかれなかった。朝の交差点で、信号が変わる直前。風がビルの隙間を抜け、コーヒーの匂いが漂い、誰かのイヤホンから漏れた音楽が空に溶ける、その瞬間だった。世界は確かに、息を止めた。音が消えたわけではない。色が失われたわけでも...
面白い

私以外が知っている結末

街のあちこちで、人々が私を見るたびに一瞬だけ視線を逸らす。まるで答えを知っている生徒が、質問されたくなくて目を伏せるみたいに。その理由を、私はずっと考えていた。この世界では、物語の結末が共有される。誕生した瞬間、名前と一緒に「終わり」が登録...
面白い

それでも夜は明けてしまう

夜は、終わらないものだと思っていた。少なくとも、あの部屋の中では。カーテンを閉め切った六畳の部屋には、時計もカレンダーもない。時間を示すものは、冷めたコーヒーの苦さと、スマートフォンの画面に浮かぶ未送信のメッセージだけだった。外界とつながる...
面白い

ここではない、どこかへ

その場所へ行く方法は、地図にも時刻表にも載っていなかった。ただ、「ここではない、どこかへ行きたい」と強く思ったときにだけ、道がひらくのだと噂されていた。駅でも、扉でも、鏡でもない。夕暮れの境目、街の輪郭が少し曖昧になる時間帯に、世界の継ぎ目...
面白い

きっと誰かの途中

それは、きっと誰かの途中の物語だった。駅前の古いベンチに、読みかけのノートが置かれていた。表紙は擦り切れ、雨に滲んだ跡が残っている。誰かが忘れたのか、それとも置いていったのかは分からない。ページを開くと、物語は唐突に始まり、そして同じくらい...