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白い細糸のひみつ

佐伯真一は、子どものころからえのき茸が好きだった。しゃぶしゃぶに入れたときのしゃくしゃくとした歯ざわり、鍋の底でひっそりと煮えて黄金色に変わった姿、そしてバターと醤油で炒めたときに漂う香り。そのどれもが、彼にとっては幼い日の記憶と結びついて...
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柑橘のきらめきを求めて

佐伯悠一は、食卓にポン酢がないと落ち着かない人間だった。朝の目玉焼きにも、昼の冷奴にも、夜の鍋や焼き魚にも、彼の隣には必ず琥珀色の瓶がある。酸味と旨味の調和、その一滴で料理がふっと華やぐ瞬間に、彼は日々の生き甲斐を見出していた。幼い頃、祖母...
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静かな漬けだれ

ラーメン屋「天光」の厨房は、昼の忙しさが一段落した午後のひととき、しんと静まり返っていた。カウンター越しに見える大鍋からは、まだ白濁した豚骨スープの湯気が立ちのぼり、店全体をやさしい香りで包んでいる。店主の亮介は、まな板にずらりと並んだ半熟...
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甘酸っぱい記憶

山あいの小さな村のはずれに、古い畑の跡があった。そこには耕す人もなく、石垣の隙間から風が通り抜け、季節ごとに草花が勝手気ままに伸びていた。その片隅に、ひっそりと根を張る木苺の茂みがあった。木苺は春になると白い小さな花を咲かせ、夏には赤く甘酸...
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小さな実が結ぶもの

南国の太陽がじりじりと地面を焼き、潮風が葉を揺らす小さな港町に、ひとりの青年が住んでいた。名をリオといい、町で唯一のナッツ職人だった。彼は毎日、乾いた風にさらされる木々の実を拾い集め、塩で炒ったり甘く煮詰めたりして、港に立ち寄る旅人たちに売...
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白い層のひみつ

喫茶店「ミモザ」は、小さな駅前の路地にある。木製のドアを押して入ると、いつもほんのり甘い香りが漂っている。その香りの源は、店主の遥(はるか)が毎朝仕込むケーキだった。彼女がとりわけ心を込めて作るのが「レアチーズケーキ」だ。雪のように白く、口...
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ブリと生きる港町

冬の港町は、潮の香りとともに冷たい風が頬を撫でていく。漁師町で生まれ育った健一にとって、この季節は特別だった。氷のような空気のなかで脂がのり、身が引き締まったブリが水揚げされる。それを待ちわびるのは漁師だけではない。町の人々も、そして健一自...
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小豆のぬくもり

幼いころから、由美はつぶあんが好きだった。白いおもちにのせられたあんこ、柏餅に包まれたあんこ、そしておはぎにぎっしり詰まったあんこ。そのどれもが、彼女にとっては特別なおやつだった。母が台所で小豆を煮る音を聞くと、胸が高鳴った。鍋のふたから立...
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おしゃれなひと口の魔法

街の片隅に、小さなサンドイッチ専門店「サヴォワール」があった。大きな看板もなく、外観はベージュ色の壁と木の扉があるだけ。だが、昼時になると店の前には、静かな行列ができる。それを目当てに訪れるのは、近くの会社員や学生だけでなく、わざわざ遠方か...
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バニラ色のひととき

佐伯真琴は、どんなに忙しい日でも必ず一日の終わりに小さな陶器のカップにバニラアイスをよそう習慣を持っていた。冷凍庫から取り出したばかりの固い白い塊を、少し力を入れてスプーンですくう。その音や感触さえ、彼女にとっては安らぎの儀式だった。仕事は...