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ルイボスティーの午後

静かな午後、陽の光が古びたアパートの一室に柔らかく差し込んでいた。藍原美月(あいはら・みづき)は、お気に入りの白いカップにルイボスティーを注ぐ。赤みがかった透明な液体が湯気を立てるのを見つめながら、彼女はふっと息を吐いた。「やっぱり、この香...
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赤土の庭

その村は、四方を山に囲まれていた。舗装された道はなく、バスも一日に二本しか来ない。けれど、その村には特別なものがあった。赤土だった。山肌も畑も、庭先までもが赤かった。鉄分を多く含んだその土は、雨に濡れると濃く深い朱に染まり、太陽の下では乾い...
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霧の島の灯台守

嵐の夜、航海中の船が荒波に呑まれ、青年・タカシは意識を失った。目覚めた時、彼は見知らぬ浜辺に打ち上げられていた。周囲に人影はなく、聞こえるのは波音と風のざわめきだけ。そこは、地図にも載っていない無人島だった。タカシは助けを求めて島を歩き始め...
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黄昏レモンティー

静かな路地裏にひっそり佇む、レモンティー専門店「黄昏レモンティー」。木製の看板に描かれた一切れのレモンが、夕日に照らされると金色に輝く。店主の名は志村透(しむら とおる)、五十歳を目前にしてこの店を開いた。かつて透は広告代理店で働く忙しいサ...
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ビーチボールの空

真夏の午後、陽炎がゆらめく砂浜に、ひときわ目立つカラフルなビーチボールが空を舞っていた。強い海風に乗ってふわりと宙に浮かび、砂の上に落ちたかと思えば、また跳ね返って空を舞う。そのビーチボールを、まるで宝物のように目で追っていたのは、ひとりの...
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波の向こうへ

梅雨が明け、灼けつくような陽射しが海面を照らしていた。三十歳を過ぎたばかりの高橋悠人は、湘南の海岸に立っていた。会社を辞めて三ヶ月。理由を聞かれても「疲れた」としか言えなかった。毎日電車に揺られて同じ景色を見て、同じ資料を作り、同じようなメ...
動物

霧の森のヘラジカ

北海道、知床半島の奥深い原生林。霧が濃く立ちこめる朝、篠原涼(しのはら・りょう)はテントの前に腰を下ろし、静かに湯を沸かしていた。彼は東京の大学で動物行動学を教える准教授だが、この十年は毎年、夏の終わりになると知床の森に通い詰めていた。目的...
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すずらんの誓い

高原の奥深く、誰にも知られていない小さな谷に、一面にすずらんが咲く場所があった。その谷は「白鈴の谷」と呼ばれ、春の終わりにだけ白くかすむように花開くという。人々はそれをただの伝説だと笑ったが、本当にその谷を知る者は、たった一人しかいなかった...
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いちごの香りのする日曜日

日曜日の朝、陽菜(ひな)はいつものように窓を開け放ち、春の風を部屋に招き入れた。ほんのりと湿った空気とともに、どこからか甘い香りが流れ込んでくる。「……いちごの香りだ」彼女は目を細めて、小さく微笑んだ。いちごの香りが好きだと気づいたのは、小...
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直す男

町のはずれに、古びた工房がある。看板はもう文字がかすれて読めないが、地元の人々はそこを「直す男の店」と呼んでいた。そこに住むのは、五十代半ばの男、名を佐伯隆志(さえき・たかし)という。背は高くないが、無口で手が大きく、眼鏡の奥の目はいつも細...