その夜、ぼくは星をひとつ借りることにした。
理由はとても単純だった。
今日という一日が、少しだけさみしかったからだ。
公園のベンチに座って空を見上げると、星はまるで遠くの町の灯りみたいに、静かに瞬いていた。
どれもきれいだけれど、どれも遠い。
「ひとつくらい、貸してくれてもいいよね」
そうつぶやいたとき、不思議なことが起きた。
空の端で、小さな星がひとつ、ふわりと揺れたのだ。
すると、公園の街灯の下に、いつのまにか小さな梯子が立っていた。
雲でできたみたいな、やわらかそうな梯子だった。
ぼくは少し迷って、それから登りはじめた。
一段、また一段。
登るほどに空気がひんやりして、町の音が遠くなっていく。
自転車のベルも、犬の鳴き声も、だんだん夢みたいに小さくなった。
やがて手の届くところに、さっき揺れていた星があった。
近くで見ると、星は思ったより小さくて、手のひらに乗るくらいだった。
それでも、触れるとほんのりあたたかい。
「こんばんは」
ぼくがそう言うと、星は小さく瞬いた。
「ちょっとだけ、借りてもいい?」
星はまた、ちかちかと光った。
たぶん、それが返事だった。
ぼくは星をそっとポケットに入れて、梯子を降りた。
地面に戻ると、ポケットの中で星がやさしく光っていた。
その光は懐中電灯みたいに明るくはないけれど、暗い夜をほんの少しだけ、やわらかく照らしてくれた。
ぼくは公園を歩いた。
滑り台も、ブランコも、砂場も、星の光の中で静かに眠っている。
ベンチに座ると、ポケットの星がぽっと光った。
まるで、「ここにいるよ」と言っているみたいだった。
ぼくは今日のことを思い出した。
うまくいかなかったこと。
言えなかった言葉。
帰り道が、やけに長く感じたこと。
でも、星の光を見ていると、どれも少し遠い出来事みたいに思えてきた。
「ありがとう」
ぼくはポケットに向かって言った。
星は、さっきより少し明るく光った。
しばらくして、空を見ると、星たちは静かに瞬き続けていた。
その中に、ぽっかり空いた場所がある。
ああ、そろそろ返す時間だ。
ぼくはまた梯子をのぼった。
夜の空は、さっきより深くて静かだった。
手のひらに星をのせると、星はまるで帰り道を知っているみたいに、ふわりと浮かんだ。
「今日はありがとう」
そう言うと、星は空へ戻っていった。
元の場所におさまると、ほかの星たちと同じように、静かに光りはじめた。
ぼくが地上に戻ると、梯子はもう消えていた。
公園はいつもの夜だった。
だけど、さっきまでより、ほんの少しだけ明るく見える。
たぶん、あの星の光が、まだどこかに残っているのだ。
ベンチを立つと、帰り道の空で、あの星がひときわ小さく瞬いた。
それはまるで、
「また貸してあげるよ」
と、遠くから言ってくれているみたいだった。


