商店街のはしっこに、ちょっと変わったお店がある。
看板には、やわらかい字でこう書いてあった。
「ありがとう屋」
売っているのは、お菓子でも雑貨でもない。
そのお店は、「ありがとう」を集めている。
店の中には、大きなガラスびんが棚いっぱいに並んでいる。
びんの中には、きらきらした小さな光がふわふわ浮かんでいた。
それは全部、だれかの「ありがとう」だった。
ある日の放課後、小学生のミナトはその店の前で立ち止まった。
「ありがとうを集める店……?」
気になって、そっとドアを開けてみる。
ちりん、と鈴が鳴った。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうにいたのは、白い髪のおばあさんだった。
やさしい目をして、にこにこ笑っている。
「ここって、なにを売ってるんですか?」
ミナトが聞くと、おばあさんは首をふった。
「売ってないよ。ここはね、ありがとうを預かる店なんだ」
「預かる?」
おばあさんは、棚のびんを一つ取り上げた。
中で小さな光がふわっと揺れる。
「人はね、ありがとうを言うと、ちょっとだけ光を落としていくんだよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。でもみんな気づかないから、わたしがこうして集めてるの」
ミナトは、びんをのぞきこんだ。
光は金色だったり、青かったり、時々ピンク色だったりする。
「色が違う!」
「ありがとうの気持ちで色が変わるのさ」
おばあさんは、別のびんを指さした。
「これはね、バスの運転手さんに言った“ありがとう”。
こっちは、迷子の犬を見つけてくれた人への“ありがとう”」
棚には、何百ものびんが並んでいた。
「ねえ、どうして集めてるの?」
ミナトが聞くと、おばあさんは少しだけ遠くを見る目をした。
「ありがとうはね、集めると誰かを助ける力になるんだよ」
「助ける?」
おばあさんは店の奥を指さした。
そこには、大きなびんが一つ置いてあった。
たくさんの光が入って、まるで小さな星空みたいだった。
「元気がなくなった人が来たとき、この光を少し分けてあげるのさ」
「すると?」
「心が、ちょっとだけ軽くなる」
ミナトは、しばらく黙って光を見ていた。
そのとき、ドアが開いた。
ちりん。
入ってきたのは、近くのパン屋のおじさんだった。
少し疲れた顔をしている。
「こんにちは」
おばあさんは、にこっと笑う。
「今日はどっちだい?
ありがとうを置いていく日かい?
それとも、少し分けてもらう日かい?」
おじさんは照れくさそうに笑った。
「今日は……分けてもらおうかな」
おばあさんは大きなびんから、小さな光をすくって、ガラスのコップに入れた。
光はふわっと揺れて、おじさんの手の中に収まる。
「昨日ね、子どもが“このパン大好き!”って言ってくれたんだ」
おじさんは、ぽつりと言った。
「それなのに今日は、なんだかうまく焼けなくてさ」
ミナトは思わず言った。
「ぼく、あそこのパン好きですよ!」
おじさんは少し驚いて、それから笑った。
「ほんとかい?」
「うん。チョココロネ!」
その瞬間、ミナトの胸のあたりから、小さな光がぽとんと落ちた。
ふわっと浮かび上がり、空中をゆっくり漂う。
「おやおや」
おばあさんは楽しそうに、それを小さなびんに入れた。
「ほらね、また一つ増えた」
帰るころには、空はオレンジ色になっていた。
店の前でミナトは聞いた。
「ぼくも、また来ていい?」
おばあさんはうなずく。
「もちろん。ありがとうは、どこにでも落ちてるからね」
ミナトは帰り道を歩きながら思った。
今日だけでも、ありがとうを言えることがいくつもあった。
パン屋のおじさん。
給食を作ってくれる人。
宿題を教えてくれた友だち。
もしかしたら今ごろ、どこかでまた小さな光が生まれているかもしれない。
商店街のはしっこでは、
「ありがとう屋」の窓が、やさしく光っていた。
そして今日もまた、
小さなありがとうが、静かに集まっていくのだった。


