その日は、なんだか帰り道が長く感じられる日だった。
学校を出たとき、空はもう夕方の色で、オレンジ色の光が町をゆっくり包んでいた。
ランドセルが少し重く感じるのは、宿題のせいか、それとも今日の小さな失敗のせいかもしれない。
ぼくはいつもの帰り道を歩いていたはずなのに、気がつくと知らない路地に入ってしまっていた。
「あれ……ここ、どこだろう」
曲がり角の多い細い道。知らない家の塀。
見たことのない小さな公園。
いつもの道のはずなのに、まるで町が少しだけ入れ替わったみたいだった。
そのときだった。
「にゃあ」
やわらかい声がして、足元を見ると、一匹のねこがいた。
ふわふわの灰色のねこで、夕焼けの光を浴びて、毛先がほんのり金色に光っている。
「きみ、迷ったの?」
そんなふうに聞かれた気がした。
ねこはぼくを見上げると、くるりとしっぽを立てて歩き出した。
数歩進んで、また振り返る。
まるで「こっちだよ」と言っているみたいに。
「……案内してくれるの?」
聞いてみると、ねこは小さく「にゃ」と鳴いた。
ぼくは少し笑って、その後ろをついていくことにした。
ねこはゆっくり歩く。
急がない。
ときどき止まって、ぼくがちゃんとついてきているか確かめる。
最初の角を曲がると、甘い匂いがした。
小さなパン屋さんの前だった。
ガラスの向こうで、丸いパンが並んでいる。
ねこは立ち止まり、ちょこんと座って店を見上げた。
「ここ、いい匂いだね」
そう言うと、ねこは満足そうにしっぽをふわりと揺らして、また歩き出す。
次の道では、風が通り抜けて、風鈴がちりんと鳴った。
その音を聞いていると、さっきまで胸の中にあった小さなモヤモヤが、少しだけ軽くなる。
ねこは、ときどき変なところを通る。
塀と塀の間の細い道。
誰もいない公園のブランコの横。
夕焼けで赤くなった空がよく見える坂道。
でも不思議と、どの道もやさしい感じがした。
まるで町が「おかえり」と言ってくれているみたいだった。
坂道の上まで来たとき、ねこは立ち止まった。
そして、前を向いて「にゃあ」と一声。
ぼくが顔を上げると、見慣れた屋根が見えた。
「あ……家だ」
ほんのすぐそこに、ぼくの家の門があった。
「こんな近くに出るんだ」
振り返ると、ねこはもう歩き出していた。
「待って!」
ぼくが呼ぶと、ねこは振り返った。
夕焼けの光の中で、目がきらりと光る。
「ありがとう」
そう言うと、ねこはゆっくりまばたきをした。
それは、ねこの世界では「どういたしまして」って意味だと、どこかで聞いたことがある。
ねこはそのまま、細い路地の向こうへ歩いていった。
しっぽだけが、最後にひょいと曲がって消える。
家の門を開けながら、ぼくはふと思った。
もしかしたら、町にはときどき、
迷った人を帰り道まで案内してくれるねこがいるのかもしれない。
とくに、少しだけ元気がない帰り道の日に。
その夜、窓の外を見ると、遠くの塀の上に灰色のねこが座っていた。
気のせいかもしれないけれど、
ねこはこっちを見て、ちょっと誇らしそうにしっぽを揺らしていた。
まるで、
「今日の案内はうまくいったな」
と言っているみたいに。

