その朝、ぼくはいつもより三分だけ早く目が覚めた。
特別な理由はない。
ただ、カーテンのすき間から差し込む光が、少しだけきらきらして見えたからだ。
「……なんでもない日だよな」
カレンダーを見る。
丸も星もついていない、まっさらな日。
誕生日でも、祝日でも、テストの日でもない。
つまり、完全に「なんでもない日」だった。
キッチンからトーストの匂いがして、ぼくは階段を降りた。
お母さんがフライパンを振りながら言う。
「おはよう。今日はいい朝だね」
「普通の朝だけどね」
そう言うと、お母さんは少し笑った。
「普通って、けっこうすごいことよ」
ぼくはよくわからないまま牛乳を飲んだ。
学校へ向かう道は、昨日と同じはずだった。
でも、角のところで小さな犬がしっぽを振っていた。
首輪には「モモ」と書いてある。
「あれ、君こんなところにいたっけ?」
モモは「わん」と短く鳴くと、ぼくの横をちょこちょこ歩き出した。
途中で飼い主のおばあさんが慌ててやってきて、ぼくに何度も頭を下げた。
「ありがとうねえ。この子、朝になると冒険したがるの」
ぼくは「どういたしまして」と言っただけだけど、おばあさんはとても嬉しそうだった。
学校に着くと、今度はクラスのユイが困った顔で立っていた。
「どうしたの?」
「消しゴム落としたの。新品だったのに……」
ぼくは机の下をのぞきこんで、すぐ見つけた。
ただそれだけのことだった。
「はい」
「ありがとう! 今日いいことありそう!」
ユイはそう言って笑った。
一時間目のあと、窓の外を見ると、風が校庭の砂をくるくる回していた。
それを見ていると、ふと朝の光を思い出した。
なんだか今日は、みんなが少しだけ嬉しそうだ。
帰り道、朝のおばあさんがまたいた。
ぼくを見ると手を振ってくる。
「さっきね、モモが迷子にならなかったおかげで、久しぶりに友だちに会えたのよ」
「そうなんですか」
「だから今日はいい日!」
家に帰ると、お母さんが言った。
「ねえ、聞いて。今日パン屋さんで最後の一個のメロンパン買えたの」
それを聞いて、ぼくは少し笑った。
夜になって、ぼくはカレンダーを見た。
やっぱり何も書いていない。
だけど、今日のことを思い出す。
モモの散歩。
ユイの消しゴム。
おばあさんの笑顔。
メロンパン。
どれも小さいけれど、なんだか胸の中が少しあたたかくなる。
ぼくは鉛筆を持って、カレンダーの今日のところに小さく丸を描いた。
そして、横にこう書いた。
「なんでもない日が、記念日になった日」
たぶん世界中のカレンダーには書いていない。
ニュースにもならないし、祝日にもならない。
でも、ぼくのカレンダーにはちゃんと残る。
三分早く起きた朝から始まった、
ちいさな記念日として。
窓の外では、夜の風が静かに吹いていた。
きっと明日も、なんでもない日だ。
でももしかしたら——
また、記念日になるかもしれない。


