その町の夏休みは、たった一日しかなかった。
七月三十一日の午前零時から、同じ日の午後十一時五十九分まで。
理由は誰も知らない。
ずっと昔、町役場の時計台が落雷に打たれた日から、夏は一日で終わるようになったのだという噂だけが残っている。
中学二年の真昼(まひる)は、その一日を指折り数えて待っていた。
みんなが「短すぎる」と嘆くなかで、真昼だけは少しだけほっとしていた。
長い休みは、彼女にとって持て余す時間だったからだ。
父は単身赴任、母は夜勤が多く、友だちは部活に忙しい。
長い夏は、静かすぎる。
だから一日だけなら、きっと寂しくならない。
午前零時、町のサイレンが鳴ると同時に、空気がふっと甘くなった。
まるでラムネを開けた瞬間のような匂い。
窓を開けると、夜なのにひまわりが一斉に咲いていた。
昨日までつぼみだったのに。
「今年も始まったね」
背後から声がした。
振り向くと、見知らぬ少年がベランダに立っていた。
白いシャツに、裸足。
まるで月明かりでできているみたいに透けている。
「だれ?」
「夏休み。きみの担当だよ」
少年は真面目な顔でそう言った。
どうやらこの町の一日だけの夏休みには、案内人がつく仕組みらしい。
少年は真昼の手を取り、夜のままの海へ連れ出した。
海は凪いでいて、波の代わりに星が寄せては返している。
「短いからこそ、濃くできる」
少年はそう言って、指を鳴らした。
夜がめくれ、朝になり、真昼は屋台の並ぶ通りに立っていた。
金魚すくい、かき氷、射的。
ぜんぶ一気にやっていいと言われ、真昼は夢中になった。
氷の冷たさ、金魚の尾びれのひらめき、くじ引きの外れさえ、きらきらしていた。
昼は、学校の屋上へ。
立入禁止のはずなのに、今日は風だけが見張りだった。
二人で寝転び、雲の流れを数える。
雲はやけに速く、時間が急いでいるのがわかった。
「どうして、こんなに短いの?」
真昼が尋ねると、少年は少しだけ困った顔をした。
「長いと、人は明日を当たり前に思ってしまうから。短いと、今日をちゃんと握る」
夕方、ひぐらしの声が一斉に鳴きはじめると、町の色が薄くなっていった。
屋台も海も、ひまわりも、透き通るみたいに。
「もう終わり?」
「うん。でもね」
少年は真昼の手のひらに、小さな種をのせた。
「これは、きみの中に残る夏。水をあげなくても、思い出すたびに咲く」
午後十一時五十九分。
最後の一秒、真昼は思いきって言った。
「また来年も、担当してくれる?」
少年は笑った。
その笑顔だけが、はっきりとした色を持っていた。
「きみが今日を大事にしたら、きっと」
零時。
サイレンは鳴らない。
ひまわりは消え、海はただの夜の黒さに戻る。
ベランダには誰もいなかった。
けれど真昼の手のひらには、たしかに温度が残っていた。
翌朝、学校はいつも通り始まる。
夏休みは終わったことになっている。
けれど真昼は知っている。
一日は短いけれど、ちゃんと握れば、こぼれない。
机の引き出しに、透明な種をしまう。
心のどこかで、ひまわりがもう一輪、静かに咲いた気がした。
世界いちばん短い夏休みは、世界いちばん、濃い一日だった。


