夜の九時。まくらの上にあごをのせて、わたしは天井を見つめていた。
明日は少しだけ苦手な発表の日だ。
胸の奥が、きゅっと結ばれたままほどけない。
「ねむらなきゃ」
そうつぶやいたとたん、部屋のすみで、なにかが小さく光った。
机の下に転がっていたのは、見覚えのない銀色のコンパスだった。
針は北を指さず、ぐるぐると回りながら、ときどき、わたしの胸のあたりでぴたりと止まる。
――カチリ。
音がして、世界がひっくり返った。
気がつくと、わたしはふわふわの雲の上に立っていた。
見上げれば、天井のかわりに、星が川のように流れている。
足もとには、夜色の草原がどこまでも続いていた。
「ここは……?」
「おやすみ前の入り口だよ」
ふり返ると、月のかけらみたいな帽子をかぶった小さな案内人が立っていた。
声はやさしいけれど、どこか急いでいる。
「きみの“ほどけない気持ち”が、迷子になってる。朝になる前に見つけないと、夢がくしゃくしゃになるんだ」
わたしは思わず胸を押さえた。
あのきゅっとした不安が、ここに落ちているの?
草原を歩くと、足もとで光の粒が弾ける。
遠くに、黒い森が見えた。
森の上には、ため息みたいな雲がたまっている。
「あそこだ」
森に入ると、木々の枝から、透明な糸が垂れていた。
その糸の先に、小さな光が結ばれている。
近づくと、それはわたしの声だった。
『失敗したらどうしよう』
『笑われたらいやだな』
ささやきが、夜に溶けていく。
わたしは光に手を伸ばした。
でも、触れようとすると、すっと遠ざかる。
「こわいって言ってあげないと、帰ってこないよ」と案内人が言う。
わたしは深く息を吸った。
「……こわいよ。ほんとは、すごく」
すると、光は逃げるのをやめ、ふるふる震えながら、わたしの手のひらに落ちた。
あたたかい。
思っていたより、やわらかい。
森の奥で、なにかがほどける音がした。
ため息の雲が、さらさらと星に変わっていく。
コンパスが、静かに止まった。
針は、わたしの胸を指している。
「もう大丈夫。気持ちは、持ち主に戻ると、少しだけ軽くなるんだ」
案内人が笑う。
わたしは手の中の光を胸にしまった。
きゅっと結ばれていたものが、ゆるりとほどける。
次の瞬間、ベッドの上に戻っていた。
時計は九時三分。
ほんの三分しか経っていない。
でも、胸の奥は、さっきとちがう。
失敗するかもしれない。
笑われるかもしれない。
それでも、こわいと言えたわたしは、もう迷子じゃない。
まぶたが重くなる。
遠くで、あの案内人の声がする。
「おやすみ前の冒険は、いつでもきみの味方だよ」
わたしは小さくうなずいて、目を閉じた。
星の川は、きっと、今夜も流れている。


