その町では、月に一度だけ「失敗がごちそうの日」がやってくる。
商店街の真ん中にある古い時計台が、夜の八時に三回だけ、わざと少し音程を外して鳴るのが合図だ。
その日、人々は胸の奥にしまい込んでいた失敗を持ち寄り、皿に盛りつけるみたいに、ていねいに話す。
わたしはその日が、少しだけこわかった。
駅前の花屋でアルバイトをしているわたしは、先週、大事なブーケを取り違えた。
白いリボンをつけるはずが、赤いリボンを結んでしまったのだ。
結婚式場に届いたあとで気づいて、胸が冷たくなった。
幸い式は滞りなく進んだらしいけれど、わたしのなかでは、赤いリボンがほどけずに引っかかっている。
広場には、長いテーブルが並んでいた。
パン屋の主人は「焦げすぎた食パンの話」を、郵便配達の青年は「告白の手紙を自分に届けてしまった話」を持ってきた。
みんな、少し照れくさそうに、それでも誇らしげに皿を差し出す。
「失敗は、ちゃんと噛むと甘いんだよ」
そう言ったのは、八百屋のおばあさんだった。
彼女は昔、値札を一桁まちがえて、店をからっぽにしたことがあるらしい。
けれどその日、町じゅうの人が野菜を抱えて笑って帰ったという。
わたしの番がきた。
赤いリボンの話をすると、広場の空気がふわりとあたたかくなった。
「それ、きっとね」
誰かが言う。
「情熱の色だよ。白よりも、ずっと強い祝福だったのかもしれない」
思わず、胸の奥がほどける。
失敗は、怒られるものだと思っていた。
けれどここでは、少し形を変えて、誰かの役に立つ。
すると、人ごみの向こうから、小さな女の子が走ってきた。
「あのね、あの赤いリボン、きれいだったって、お姉ちゃんが言ってた!」
わたしは息をのむ。
女の子の姉は、あの日の花嫁だった。
「写真を見るたび、勇気をもらえる色だって」
時計台が、また少し音程を外して鳴った。
その瞬間、わたしの失敗は、ただの失敗ではなくなった。
赤いリボンは、まちがいではなく、偶然が選んだ祝福だったのだと思えた。
広場のテーブルには、山のような失敗が並んでいる。
落としたコーヒー、言いすぎたひとこと、踏み外した階段。
どれも、ちゃんと味わわれ、笑われ、明日の糧になっていく。
帰り道、わたしは花屋のショーウィンドウをのぞき込む。
白いリボンの隣に、赤いリボンをそっと並べてみる。
どちらも同じくらい、きれいだった。
失敗は、なくならない。
きっとこれからも、わたしは取り違えたり、結び目をまちがえたりするだろう。
でも、月に一度、ここへ持ってくればいい。
みんなで噛んで、笑って、少し甘くしてもらえばいい。
きょうは失敗がごちそうの日。
だからわたしは、胸を張って、次のまちがいを待つことにした。


