明日をちょっとだけ早回し

面白い

商店街のはずれに、「明日をちょっとだけ早回しします」と書かれた小さな看板が立っている。
時計店でも、写真館でもない。
けれどガラス越しに見えるのは、大小さまざまな時計と、映写機みたいな古い機械だった。

わたしは十七歳の誕生日の前日に、その店のドアを押した。

「一日だけ、先に見たいんです」

カウンターの向こうにいた店主は、驚きもせずにうなずいた。
白髪交じりの髪、まぶたの奥に星屑を閉じ込めたみたいな目。

「どんな明日を?」

「合格発表の日です」

受験番号を言うと、店主は棚から小さなフィルム缶を取り出した。
ふたには、わたしの名前と、明日の日付。

「ほんの少しだけだよ。三分間。音は少し遠く、匂いは届かない。それでもいいなら」

うなずくと、店主は映写機を回した。
部屋の奥の白い壁に、光が揺れる。

わたしは、明日のわたしを見た。

掲示板の前で立ち尽くしている。
まわりは歓声とため息であふれている。
でも、わたしは笑っていた。
泣いてはいなかった。
少しだけ、ほっとしたように。

結果そのものは映らない。
番号の部分だけ、なぜか光がにじんで読めないのだ。

「ずるいですね」

「未来は、全部は見せない仕組みなんだ」

映像が終わると、部屋はしんと静まり返った。
三分はあっという間だったけれど、胸の奥に、あたたかい灯りが残った。

「どうだった?」

「……怖さが、少し減りました」

店主は満足そうにうなずく。

「早回しは、勇気の前借りみたいなものさ。使いすぎると、今がすり減る」

店を出ると、夕焼けがやけに鮮やかだった。
明日を知ったはずなのに、今日が前よりも濃く見える。

その夜、わたしは久しぶりにぐっすり眠った。

そして翌日。掲示板の前で、わたしは映像と同じ場所に立っていた。
胸はどきどきしている。
でも、あの三分間を思い出すと、不思議と足が震えない。

結果を見た瞬間、世界がふっと遠のく。
――合格。

ほっとした笑いが、勝手にこぼれた。
ああ、あの映像は本物だったんだ。

でも同時に思う。
もし不合格でも、きっと同じように笑っていた気がする。
あの映像のわたしは、結果よりも、「立っていること」を選んでいたから。

数年後。
わたしは別の明日の前で立ち止まることになる。
就職、引っ越し、誰かとのさよなら。

そのたびに、あの店の看板を思い出す。
けれど、もうドアは開けない。

明日は、少し見えないくらいがちょうどいい。
早回ししなくても、ちゃんと来る。

商店街のはずれを通ると、あの店はもうない。看板も、映写機も。
ただ、夕暮れの風だけが、フィルムみたいに街を巻き戻していく。

わたしは立ち止まらずに歩く。

明日をちょっとだけ早回ししなくても、
今日をちゃんと生きていれば、未来は静かに追いついてくるのだと、
あの三分間が教えてくれたから。