私の仕事は、「つまらない」を回収することだ。
正式には感情環境整備課・無価値感情回収係。
けれど誰もそんな長い名前では呼ばない。
私たちはただ、「つまらないを集める人」と呼ばれている。
つまらないは、放っておくと街に溜まる。
通勤電車の隅、会話の途切れた喫茶店、誰にも読まれない日記の行間。
目に見えないけれど、確かにそこに沈殿して、世界の動きを少しずつ鈍らせる。
回収方法は簡単だ。
専用の計測器を胸に当て、空気をすくうように息を吸う。
すると「つまらない」は霧のように集まり、小さな容器に収まる。
色は灰色に近いが、よく見るとそれぞれ微妙に違う。
透明に近いものもあれば、重たく濁ったものもある。
私はこの仕事が嫌いではなかった。
誰かの退屈や虚無を肩代わりすることで、世界が少し軽くなるのなら、それでいいと思っていた。
ある日、古いアパートの一室で、異様に濃い「つまらない」を検知した。
ドアを開けると、何もない部屋だった。
家具も、写真も、音もない。
ただ窓際に、一人の男性が座っていた。
「回収に来ました」と告げると、彼は小さくうなずいた。
計測器は警告音を鳴らしていた。
彼の周囲の「つまらない」は、今まで見たことがないほど静かで、深かった。
「ずっと、何をしても面白くなかったんです」
彼はそう言って、窓の外を見た。
「楽しいって感情が、どういうものだったかも、もう思い出せない」
私は作業を始めた。
霧はゆっくりと容器に吸い込まれていく。
だが、不思議なことに、どれだけ集めても終わりが見えない。
ふと、手が止まった。
「……もし、全部回収したら、どうなると思いますか」
私が尋ねると、彼は少し考えてから答えた。
「何も残らないんじゃないですか。僕自身も」
その言葉が、胸に引っかかった。
規則では、感情は均等に保たれなければならない。
「つまらない」もまた、必要な感情だ。
回収しすぎれば、人は空白になる。
私は容器を閉じた。
「今日は、ここまでにします」
「いいんですか」
「ええ。少し残しておいたほうがいい」
彼は驚いた顔をしたあと、ほんのわずかに笑った。
その表情は、とても不器用だった。
部屋を出るとき、空気が少しだけ動いた気がした。
回収しきれなかった「つまらない」が、まだそこにある。
でもそれは、完全な無意味ではない。
つまらないは、次の感情へ行くための余白だ。
今日も私は街を歩く。
灰色の霧を集めながら、回収しすぎないように、慎重に。
世界が、何かを感じる力を失わないように。
それが、この仕事で一番大切なことだから。


