北の果て、白銀の世界に覆われた海の上。
そこに、小さなアザラシの子が暮らしていた。
名前はユキ。
まだ生まれて一年も経たない彼は、母親と共に流氷の上で遊びながら、狩りの練習をしていた。
「ユキ、氷の下にはタラがたくさんいるわ。耳を澄まして、動きを感じるのよ」
母の教えに従って水中を覗き込むが、ユキにはまだ魚の気配をとらえるのは難しかった。
だが彼には他の子にはない、強い探究心があった。
ある日、夜空に大きなオーロラが現れた。
その光の中で、年老いたアザラシの長老が話していたことをユキは思い出す。
「遥か南の海には、決して凍らない温かな水と、魚が群れをなす場所がある。だがそこに辿り着けるのは、勇気と知恵を持つ者だけじゃ」
その言葉に、ユキの心はざわついた。
なぜだか分からないが、自分はそこへ行かなければならない気がした。
翌朝、ユキは家族に黙って旅立った。
流氷を次々に飛び移りながら、南を目指す。
途中で出会ったのは、意地っ張りなキツネザルのミラ。
氷の割れ目に落ちそうになったユキを助けたミラは言った。
「この先に進むなら、一人じゃ無理よ。私がついて行ってあげるわ」
こうして二人は旅の仲間になった。
日が経つにつれ、旅は厳しさを増した。
氷の嵐に巻き込まれ、ユキのひれは凍傷になりかけた。
空腹に耐えながら、ようやくたどり着いたのは巨大な氷山のふもと。
その洞窟の中には、知恵者と呼ばれるホッキョクグマのグリズが住んでいた。
「お前が南の海を目指すアザラシか。試練を越えられるなら、道を教えてやろう」
グリズはユキに三つの謎を出した。
氷の精霊、風の向き、星の位置に関する問い。
ミラの知識と、ユキの勘の鋭さで彼らはすべてを解き明かす。
「よくやった。だが最後の試練は己の心にある」と、グリズは言った。
その夜、ユキは夢を見た。
凍てついた海に沈んでいく母の姿。
助けようとしても、体が動かない。
目を覚ましたユキは、涙を流した。
「僕は、母さんを置いてきてしまった…」
ミラがそっと寄り添った。
「でもあなたは、未来のために旅をしてる。戻ったとき、強くなったあなたを見て、きっと誇りに思うわ」
そうして彼らは再び歩き出した。
数日後、ユキたちはついに氷の切れ目から青く光る海へと抜け出た。
そこは噂の“ぬくもりの海”。
魚は群れ、太陽が降り注ぐ、命あふれる世界だった。
だがそこでユキは思った。
「ここに一人でいても、何の意味もない。僕は、皆をここに連れてきたい」
ユキとミラは引き返す決意をした。
故郷に戻り、仲間たちに語った冒険の記憶と、新しい世界の話。
最初は誰も信じなかったが、ユキの瞳の輝きに嘘はなかった。
春。
ユキに導かれた仲間たちは、南への移動を始めた。
氷の海を越え、ぬくもりの海へと続く道を歩む。
その先頭には、かつての小さな子アザラシ――今では立派な冒険者、ユキの姿があった。