カレーの向こう側

食べ物

山田翔太は、どこにでもいる普通のサラリーマンだった。
しかし、彼には一つだけ誰にも負けない情熱があった。
——それはレトルトカレーへの愛である。

子供の頃、母親が仕事で忙しく、家で一人の時間が多かった翔太。
そんなとき、母が買っておいてくれたレトルトカレーが彼の心とお腹を満たしてくれた。
湯煎するだけで、香辛料の香りとともに広がるあの独特の温かみ。
辛さと甘さの絶妙なバランス。
レトルトカレーは、翔太にとって「家族の味」だったのだ。

社会人になった今も、その情熱は冷めるどころか加熱する一方だった。
給料日のご褒美は、デパ地下や通販で取り寄せた高級レトルトカレーを楽しむこと。
部屋の一角には、全国各地のご当地レトルトカレーがずらりと並んでいる。
牛タンカレー、スパイシーなインド風カレー、シーフードカレーに、果ては昆虫カレーまで——。

「今日はどれにするか…。」

棚を眺めながら、翔太は至福の表情を浮かべた。
レトルトカレーを選ぶ時間も、彼にとっては特別な儀式だった。

そんなある日、会社の同僚・美咲が近づいてきた。

「山田さん、週末にカレーフェスがあるんですって。行ってみませんか?」

「カレーフェス…?」翔太の心臓が高鳴った。
だが、すぐに疑問がよぎる。
(レトルトカレーじゃなかったら、意味がない…)
だが美咲は続けた。
「全国の有名なレトルトカレーも販売されるみたいですよ。」

その瞬間、翔太の目が輝いた。

週末、会場に着いた翔太は圧倒された。
日本全国のレトルトカレーが一堂に会している。
北海道のジンギスカンカレー、京都の抹茶カレー、沖縄のゴーヤーカレー。
どれもこれも見たことのないパッケージばかりだ。

「こんなにも…知らない世界があったのか…!」

翔太は夢中でカレーを手に取り、成分表を読み、製造過程の説明に頷き、美咲に熱く語った。

「このスパイスの組み合わせは…天才的だ!」「このメーカー、なぜ今まで気づかなかったんだ…!」

美咲は最初こそ驚いていたが、次第に笑顔になった。

「山田さんって、本当にカレーが好きなんですね。」

翔太は恥ずかしそうに頭を掻いた。

「いや、正確に言えば…レトルトカレーが好きなんです。たった数分で、その土地の味や文化を味わえる。袋を開けた瞬間、そこには作った人の物語が詰まっているんですよ。」

その日、翔太は大量のレトルトカレーを抱えて帰宅した。
だが、心の中には一つの問いが浮かんでいた。
「この情熱を、もっと多くの人と共有できないだろうか?」

そして彼は決意した。
——レトルトカレー専門のレビューサイトを作ろう。

数ヶ月後。
「カレーの向こう側」と名付けたそのサイトは、瞬く間に人気を集めた。
翔太の丁寧なレビューと情熱的な解説、そして地域ごとの歴史や文化と絡めたストーリーが、多くのカレーファンの心を掴んだのだ。

そしてサイトを通じて、多くのカレーメーカーとの繋がりもできた。
ついには、メーカーから新作レトルトカレーの監修を依頼されるほどに。

ある日、美咲が言った。

「本当にカレーで人生を変えちゃいましたね。」

翔太は笑って答えた。

「レトルトカレーはただの食べ物じゃない。開けた瞬間に始まる、無限の物語なんだよ。」

翔太のカレー探求の旅は、これからも続いていく。
なぜなら、その一袋の向こう側には、まだ知らない世界が広がっているのだから。