ピーチソーダの約束

面白い

風が涼しくなり始めた秋の夕暮れ。
坂本涼は、駅前のコンビニでピーチソーダを買い、缶を開けた瞬間にふわりと甘い香りが広がるのを楽しんでいた。
炭酸が弾ける音を聞きながら、彼は昔のことを思い出す。

中学生の頃、涼には大好きな姉・真希がいた。
三歳年上の彼女は、いつも笑顔で涼を引っ張ってくれた。
放課後、一緒に帰る途中で立ち寄る小さな駄菓子屋が二人の秘密基地だった。
そこで買うのは決まってピーチソーダ。
姉は「これを飲むと幸せになれるんだよ」と言って、泡が口の中で弾けるたびに目を細めていた。

「涼もピーチソーダ好き?」
「うん。姉ちゃんと飲むと美味しいから。」
「じゃあ約束ね。これからもピーチソーダを飲んだら、私のことを思い出してね。」

何気ない会話だった。でも、それが涼にとっては大切な約束になった。

高校に進学すると、真希は進路の関係で家を出ることになり、涼とはあまり会えなくなった。
涼は寂しさを紛らわすように、時々一人でピーチソーダを飲んだ。

だが、高校二年の冬、突然の知らせが舞い込む。
真希が交通事故に遭い、帰らぬ人となったのだ。
信じられなかった。
葬儀の日も、涼は涙が出なかった。
ただ、机の上に置かれた彼女のスマートフォンに残っていた最後のメッセージを見たとき、胸が詰まった。

「今度一緒にピーチソーダ飲もうね!」

それからというもの、涼はピーチソーダを飲むたびに姉のことを思い出した。
大学に進学しても、就職しても、その習慣は変わらなかった。
悲しみが癒えたわけではない。
ただ、炭酸の泡が弾けるたびに、真希の笑顔が心に浮かぶ。
それが彼にとっての慰めだった。

———

社会人になって数年経ったある日、涼は仕事の合間にふと立ち寄ったカフェで、一人の女性と出会う。
彼女はメニューを見ながら、少し困ったように眉をひそめていた。

「すみません、このお店にピーチソーダってありますか?」

その言葉に、涼は思わず顔を上げた。
彼女はどこか懐かしさを感じさせる雰囲気を持っていた。

「ピーチソーダ、好きなんですか?」

彼女は驚いたように涼を見つめた後、恥ずかしそうに笑った。

「はい。小さい頃から大好きなんです。姉がよく飲んでて、それで私も好きになって……。」

涼の胸が静かに波打つ。
彼女の話に自分と同じ思いを感じたからだ。

「僕も、姉とよく飲んでたんです。」

その一言から会話が弾んだ。
彼女の名前は佐倉結衣。
彼女もまた、大切な人との思い出とともにピーチソーダを飲み続けていた。
偶然の出会いだったが、二人はすぐに打ち解け、やがて一緒にピーチソーダを飲む時間が増えていった。

———

季節が巡り、春。
涼と結衣は、桜が咲く公園のベンチに並んで座っていた。
二人の手には、懐かしいピーチソーダ。

「こうして一緒に飲めるの、なんだか不思議ですね。」

結衣が微笑む。
涼は缶を傾けながら、小さく頷いた。

「そうだね。でも、きっとこれは偶然じゃない。僕らがずっとピーチソーダを飲み続けてきたからこそ、出会えたんだと思う。」

桜の花びらが舞い落ちる中、涼は心の中でそっと呟いた。

(姉ちゃん、僕は今日もピーチソーダを飲んでるよ。今度は、大切な人と一緒に。)

彼の手の中の缶が、陽の光を受けて淡く輝いていた。