豚汁のぬくもり

食べ物

冬の朝、透き通るような寒さの中で、健太はふと子どもの頃を思い出していた。

幼いころ、祖母の家に遊びに行くたびに、決まって出てきたのが大きな土鍋いっぱいの豚汁だった。
具材は、里芋、大根、人参、ごぼう、こんにゃく、そしてたっぷりの豚肉。
味噌の香りが台所いっぱいに広がり、鍋の中でぐつぐつと煮込まれる音が心地よかった。
祖母はいつも笑いながら「寒い日はこれに限るねぇ」と言いながら、お椀にたっぷりとよそってくれた。

「ほら、健ちゃんもたくさん食べなさい」

祖母の優しい声が、いまでも耳に残っている。

それから月日が流れ、健太は社会人になった。
忙しさにかまけて、自炊をすることも少なくなり、簡単なコンビニ弁当や外食で済ませる日が続いた。
しかし、ある冬の日、仕事で失敗し、心がすっかり折れてしまった夜に、ふと祖母の豚汁を思い出した。

「そうだ、作ってみよう」

そう思い立ち、スーパーへと向かった。
里芋やごぼうを手に取るのは久しぶりだった。
料理の知識はあまりなかったが、なんとなく祖母の作り方を思い出しながら、野菜を切り、鍋に入れる。
豚肉を炒めてから具材と合わせ、じっくり煮込むと、次第に懐かしい香りが部屋いっぱいに広がった。

「これだ……」

お椀によそい、一口すすると、体の芯から温まるような気がした。
そして、それと同時に、祖母のぬくもりが胸に広がるようだった。
涙が一筋、頬を伝う。

それから健太は、冬になるたびに豚汁を作るようになった。
忙しくても、一人でも、疲れていても、豚汁を作る時間だけは大切にした。
それは単なる食事ではなく、祖母の愛情や、あたたかな記憶を呼び起こす、大切な儀式のようなものだった。

数年後、健太は結婚し、妻と子どもと一緒に暮らし始めた。
ある日、寒さが厳しくなった頃、妻が「何か温かいものが食べたいね」と言った。

「じゃあ、豚汁を作るよ」

鍋いっぱいに豚汁を作り、家族みんなで食卓を囲む。
子どもが「おいしい!」と笑顔で言うのを見て、健太はふと祖母の言葉を思い出した。

「寒い日はこれに限るねぇ」

その言葉を、今度は自分が子どもに語りかける。

「ほら、たくさん食べなさい」

湯気の立つ豚汁を囲みながら、健太は祖母との思い出、そして自分が受け継いできた温かさを噛みしめていた。