カンガルーと暮らす夢

動物

陽介が「カンガルーと暮らしたい」と言い出したのは、小学校三年生のときだった。
テレビで見たドキュメンタリー番組に出てきたカンガルーの親子にすっかり心を奪われたのだ。
母親の袋からひょっこり顔を出す赤ちゃんカンガルーの姿に、彼は「この子と一緒に暮らしたい!」と純粋に思った。

両親は最初こそ笑っていたが、陽介の熱意は年を追うごとに増していった。
「どうやったらカンガルーを飼えるの?」と尋ねたり、「オーストラリアに行けば一緒に暮らせる?」と夢見がちに話したりしていた。
動物好きの母は「カンガルーは特別な動物だから、日本では飼えないのよ」と諭したが、陽介は諦めなかった。

中学に入ると、彼はカンガルーについて本格的に調べ始めた。
生態、食事、必要な環境——何もかも学んだ。
彼は動物園の飼育員にまで質問しに行ったが、どこでも「カンガルーをペットにするのは無理だよ」と言われた。
それでも陽介の夢は揺るがなかった。

「じゃあ、俺がカンガルーと暮らせる環境を作ればいいんだ!」

高校卒業後、彼は動物学を学ぶために大学に進学し、オーストラリアへの留学を決意した。
カンガルーの保護施設や野生動物のリハビリセンターでボランティアをしながら、ついに現地でカンガルーたちと直接触れ合うことができた。
野生のカンガルーの群れが跳ねる広大な草原に立ち、彼は確信した。
「ここなら、カンガルーと共に生きられる」と。

大学卒業後、陽介はオーストラリアの動物保護センターに就職した。
施設では親を亡くした赤ちゃんカンガルーや、怪我をした個体が保護されていた。
陽介は昼夜を問わず、傷ついたカンガルーたちの世話をした。
ミルクを与え、袋の代わりになる布で包んで寝かせ、野生に戻る準備ができるまで見守った。

ある日、陽介は特別なカンガルーと出会った。
施設に運び込まれたその子は、生後半年ほどの赤ちゃんで、母親を交通事故で失っていた。
陽介はその子を「ルー」と名付け、寝るときも、歩くときも、まるで親代わりのように寄り添った。

ルーは成長するにつれ、どんどん活発になっていった。
元気に跳ね回る姿を見るたびに、陽介は嬉しくもあり、同時に寂しさも感じた。
野生に戻る日が近づいていたからだ。

そして、ついにその日が来た。
ルーを野生に放す時、陽介は何度も振り返った。
だが、ルーは立ち止まり、彼をじっと見つめた。
その目には、何かを伝えたいような想いが宿っていた。

「行け、ルー。お前の場所で生きるんだ」

陽介がそう囁くと、ルーは一度だけ小さく鳴き、それから力強く跳ねて、草原の向こうへ消えていった。

陽介は涙をこらえながら、微笑んだ。
カンガルーと暮らすという夢は、子どもの頃に思い描いていた形とは違ったが、それでも彼は確かにカンガルーと共に生きる人生を手に入れたのだった。