優子(ゆうこ)は幼いころから卵サラダが大好きだった。
彼女の母、京子が作る卵サラダは特別で、ふわふわの卵、ほんのり甘いマヨネーズの味わい、そして細かく刻まれたきゅうりと玉ねぎのシャキシャキ感が絶妙に調和していた。
学校から帰ると、よくキッチンに立つ母の横に寄り添い、その手つきをじっと見ていたものだ。
「卵はね、茹ですぎるとパサパサになるから、ちょうど良いタイミングで火を止めるのよ」と母が優しく教えてくれた言葉は、優子の中で深く刻まれている。
母の作る卵サラダは、彼女にとってただの料理ではなく、母と過ごした大切な時間そのものだった。
時は流れ、優子は大学進学を機に地元を離れた。
忙しい学生生活の中で、母の卵サラダを思い出すことも減っていたが、社会人になり仕事で悩んだある日、ふと実家に電話をかけたくなった。
電話口で聞こえる母の声は少し歳を重ねているように感じられたが、その温かさは変わらない。
「最近、大丈夫なの?」
母の問いに優子は素直に答えられなかった。
ただ、元気だよ、と繕うだけだった。
それでも、電話を切る直前に優子はこう言った。
「ねえ、また卵サラダ食べたいな。今度帰ったら作ってくれる?」
母は少し笑いながら答えた。
「もちろんよ。優子のためにいっぱい作るわ。」
久しぶりに帰省した優子を出迎えたのは、母の変わらない笑顔と、キッチンに広がる卵サラダの香りだった。
テーブルには、たっぷり盛られたサラダとパンが並んでいる。
「作りすぎちゃったかもね」と母は笑ったが、優子はその一皿一皿が愛情で満たされているように思えた。
食卓につき、久しぶりに母と向かい合って食べる卵サラダの味は、記憶の中よりももっと温かかった。
その瞬間、優子は涙が止まらなくなった。
母は驚きつつも、そっと手を優子の肩に置いた。
「どうしたの?」
「ごめんね。いろいろ大変で、でも、これ食べたら全部思い出しちゃった。お母さんと一緒にいた時間、いっぱい助けてもらったこと……」
母は優しく微笑んだ。
「卵サラダの力だね。でも、本当は優子が頑張ってきたからよ。」
それから数年後、母は少しずつ家事が大変になってきた。
優子は仕事を辞め、母のもとに戻る決断をした。
再び一緒に過ごす時間が増える中で、優子は今度は自分が母に卵サラダを作るようになった。
最初は母が「卵の茹で方がちょっと違うのよ」と笑いながらアドバイスをしてくれたが、やがて母は黙って優子のサラダを楽しむようになった。
「お母さん、私、ちゃんと作れてる?」
「もちろん。優子の卵サラダ、大好きよ。」
母がそう言って微笑む姿は、どこか幼いころの優子と重なった。
今度は自分が母を支える番だと感じた。
ある日のこと、優子は母と一緒に古いアルバムを見ていた。
その中には、小さいころの優子がキッチンで母のそばにいる写真もあった。
「このとき、卵サラダ作ってたんだよね。」
優子がそう言うと、母は少し懐かしそうに頷いた。
「そうだね。でも、優子の作る卵サラダは、私のよりももっと美味しいわ。」
その言葉に、優子の目から涙がこぼれた。
母の言葉はいつだって優しく、そして何よりも愛に満ちていた。
それからも二人の食卓には卵サラダが欠かせなかった。
たとえ母が口に運べなくなる日が来ても、その一皿には、これまでのすべての時間と想いが詰まっていた。
卵サラダは、二人にとって家族の絆そのものだった。