灯篭

ホラー

小さな村には、古くから伝わる不思議な言い伝えがあった。
それは、村の奥深い森の中にある古びた神社に関するものだった。
神社の境内には、人々が「灯篭(とうろう)」と呼ぶ石の灯篭が一基立っていた。
夜になると、その灯篭に火が灯り、森全体を妖しい光で包み込むと言われていた。
しかし、誰一人としてその光を見に行こうとはしなかった。
というのも、その灯篭には恐ろしい呪いがかかっていると言われていたからだ。

ある夏の夜、村の若者たちが神社の灯篭の噂について話していた。
勇敢な青年、翔太がその話を聞き、「そんな噂、信じられるか?今夜、俺が見に行って証拠を持ってくる」と宣言した。
友人たちは止めようとしたが、翔太は決心が固かった。

その夜、月明かりが森を照らす中、翔太は懐中電灯を手に一人で森の奥へと向かった。
木々がざわめき、風が冷たく彼の肌を刺すようだった。
神社にたどり着くと、まるで時間が止まったかのような静寂が広がっていた。
古びた鳥居をくぐり、境内に足を踏み入れると、そこには噂通りの灯篭が立っていた。

灯篭に近づくと、突如として風が強まり、翔太の懐中電灯が消えた。
そして、灯篭にふわりと灯りが点った。
翔太はその光景に一瞬、目を奪われたが、すぐに我に返り、スマートフォンで写真を撮ろうとした。
その時、背後から不気味な囁き声が聞こえた。

「ここに来るな…」

翔太は振り返ったが、誰もいない。
しかし、再び囁き声が響いた。

「帰れ…」

翔太は恐怖に駆られ、その場を離れようとしたが、足が動かない。
まるで地面に縛り付けられたかのようだった。
灯篭の光は次第に強まり、周囲の木々が影を落とす。
その影がまるで生き物のように動き出し、翔太を取り囲んだ。

「何だ、これ…」

翔太は恐怖で叫び声を上げたが、その声は誰にも届かない。
影が彼に近づき、冷たい手が彼の腕を掴んだ。
逃げようと必死にもがいたが、その手はどんどん強くなり、ついには翔太を地面に引きずり込んだ。

翌朝、村人たちが翔太の行方を心配して捜索を始めた。
彼の友人たちは神社に向かい、灯篭の前で翔太の懐中電灯を見つけたが、翔太自身の姿はどこにもなかった。
村人たちは恐れおののき、それ以上の捜索を断念した。

それ以来、誰も灯篭の話をすることはなかった。
しかし、ある晩、村の外れに住む老夫婦が奇妙なことを目撃した。
彼らの家の前を、翔太の姿がふらふらと歩いていたのだ。
老夫婦はその異様な光景に驚き、急いで家の中に逃げ込んだ。

翌日、村人たちは再び翔太を捜索したが、何の手がかりも見つからなかった。
だが、それからというもの、村の夜には奇妙な現象が続いた。
夜中に誰かが歩く音や、低いうめき声が聞こえるようになったのだ。
村人たちは恐怖におののき、夜になると家の中に閉じこもるようになった。

ある晩、村の若者たちが再び集まり、灯篭の呪いについて話し合った。
彼らは翔太を救う方法を見つけようと決心し、村の長老に相談した。
長老は深いため息をつき、こう言った。

「灯篭の呪いを解くためには、灯篭の火を消す必要がある。しかし、それは容易なことではない。灯篭の火は、人の魂によって燃えているのだ。誰かがその魂を解放しなければならない。」

若者たちは恐れながらも決意を固め、一人が代表して灯篭の火を消しに行くことになった。
その夜、勇敢な青年、健二が灯篭の前に立ち、火を消す方法を試みた。
彼はお祓いの札を灯篭に貼り付け、呪文を唱え始めた。

すると、灯篭の火が揺らめき、次第に弱まっていった。
しかし、その瞬間、健二の目の前に翔太の姿が現れた。
翔太の目は空虚で、何も見えていないようだった。
健二は震える手で呪文を唱え続け、灯篭の火を消そうと必死だった。

「翔太、もう少しだ…頑張れ…」

最後の一言を呟くと、灯篭の火は完全に消えた。
翔太の姿もまた、薄れて消えていった。
健二はその場に崩れ落ち、涙を流した。

翌朝、村人たちは健二が無事に戻ってきたことを喜び、灯篭の呪いが解けたことに安堵した。
しかし、それ以来、翔太の姿を見ることはなかった。
彼の魂は灯篭の火と共に解放されたのかもしれない。
村には再び平穏が訪れたが、森の中の神社は誰も近づかない場所となった。

夜になると、まだ時折、かすかな灯りが森の中で揺らめくことがある。
それを見た村人たちは、そっと手を合わせ、祈りを捧げるのだった。