そのトラの名は、ラオといった。
金色のたてがみに、琥珀色の瞳。
ジャングルの王と讃えられるにはまだ若かったが、その心には誰よりも熱い冒険への憧れが燃えていた。
ラオが生まれ育ったのは、緑深きセリカの森。
ここでは多くの動物たちが平和に暮らしていたが、森の外に広がる世界については誰も語ろうとしなかった。
「外には恐ろしいものがある」とだけ言い残し、長老たちは決して森を出ようとはしない。
だが、ある晩。森の空に、無数の星が流れた夜、ラオの耳にどこからともなく囁きが聞こえた。
「星降る谷を越えよ。真実はその先にある。」
それは夢だったのか、それとも森の精霊の声だったのか…。
ラオにはわからなかった。
しかしその夜を境に、胸の中に眠っていた冒険心が抑えられなくなったのだ。
「行こう、星降る谷へ!」
翌朝、ラオは仲間の猿・チュウタとフクロウのミルと共に旅立つことを決めた。
仲間たちは反対したが、ラオの決意は揺るがなかった。
最初に彼らが辿り着いたのは、「ささやきの砂漠」。
風が吹くたびに砂が囁き声のような音を立て、旅人を惑わす場所だ。
チュウタは陽に照らされて倒れそうになったが、ミルの冷静な導きでなんとかオアシスにたどり着いた。
次に待っていたのは、「鏡の森」。
すべての木の葉が鏡のように輝き、行く先を惑わす。そこでラオは、自分の心の弱さと向き合うことになる。「自分はただの若いトラで、何も成し遂げられないのではないか」そんな不安が胸をよぎるが、チュウタが言った。
「お前がどれだけ本気か、俺たちは見てる。お前ならできる。」
その言葉に励まされ、ラオは再び前を向いた。
そしてついに、旅の目的地「星降る谷」へとたどり着いた。
そこは夜空が落ちてきたかのような場所で、空から星が舞い降りるという伝説が残る神秘の地だった。
谷の中央には、巨大な石碑があった。
そこに刻まれていたのはこうだ。
「真の王は力ではなく、希望を与える者なり」
その瞬間、ラオはすべてを悟った。
この旅は、未知の地を征服するためではなかった。
自分自身と向き合い、仲間を信じ、道を切り拓くための旅だったのだ。
突如、谷の空に一際大きな星が流れた。
すると石碑が淡く光り、森の彼方へと光の道が伸びた。
その光に導かれ、ラオたちは森へ帰った。
彼らが戻ると、セリカの森はすでに危機に瀕していた。
外からやってきた人間たちが、森を切り開こうとしていたのだ。
ラオは躊躇しなかった。
谷で学んだすべてを胸に、彼は動物たちをまとめ、人間たちと対話を試みた。
争いではなく、共存の道を。
不思議なことに、人間の一人が星降る谷の光に導かれてここへ来たという。
そしてこう言った。
「この森には守るべき力がある。私たちは共に学びたい。」
こうして、セリカの森は守られ、ラオは真の意味で“王”となった。
力ではなく、希望を与える王として。
それからというもの、森には新たな風が吹き始めた。
かつて閉ざされていた外の世界とのつながりも、少しずつ広がっていった。
そしてラオは今日も、森の高台に立って風を感じている。
冒険は、まだ終わってはいないのだから。