陽が沈みかけた夕暮れ時、奈緒はお気に入りのバスソルトを手に取り、湯船にそっと落とした。
琥珀色の結晶がじわじわと溶けていくとともに、ラベンダーと柑橘の香りがふわりと広がる。
仕事の疲れを癒やすための、彼女だけの大切な儀式だった。
奈緒は昔からお風呂が好きだったが、特にバスソルトを使い始めてからは、その時間が特別なものになった。
大学時代、親友の美咲が海外旅行のお土産にくれたハーブ入りのバスソルトが、彼女の人生を変えたのだ。
「あんた、いつも頑張りすぎるから、これでリラックスしなよ。」
その時の美咲の言葉を思い出しながら、奈緒は湯船に身を沈めた。
じんわりと体が温まり、肩の力が抜けていく。
心地よい香りに包まれながら、奈緒は目を閉じた。
社会人になってからの日々は忙しさに追われ、ストレスも多かった。
上司の無理な要求、締め切りに追われるプレッシャー、人間関係の摩擦。
そんな日々の中で、バスソルトの香りに包まれる時間だけは、彼女にとって唯一無二の癒やしだった。
ある日、職場の後輩である涼太が、奈緒のデスクの隅に置かれたバスソルトの瓶に気がついた。
「先輩、バスソルト好きなんですか?」
奈緒は少し驚いたが、微笑んで頷いた。
「うん、これがないと一日が終わった気がしなくてね。」
「実は僕も、温泉とか好きで……いいバスソルトがあったら教えてください!」
それからというもの、奈緒と涼太はよくバスソルトについて語り合うようになった。
涼太もまた、仕事で疲れた心を湯船の中でほぐすことの大切さを知っている人だった。
ある日、涼太が小さな包みを奈緒に差し出した。
「これ、先輩に合いそうなバスソルト見つけたんで、よかったら使ってみてください。」
包みを開けると、ローズマリーとベルガモットの香りがほのかに漂うバスソルトが入っていた。
「ありがとう。使うのが楽しみ。」
その夜、奈緒はいつもより少しワクワクしながらお風呂を準備した。
涼太が選んでくれたバスソルトを湯船に落とすと、いつもとは少し違う、爽やかで落ち着く香りが広がった。
湯に浸かりながら、奈緒は思った。
バスソルトを通じて、自分の世界が広がった。
癒やしの時間はもちろん、人とのつながりまで生まれた。
もしかすると、こういう小さな幸せの積み重ねが、忙しい日々を乗り越える力になるのかもしれない。
翌日、奈緒は涼太に微笑みながら言った。
「昨日のバスソルト、すごく良かった。ありがとう。」
涼太もまた、嬉しそうに微笑んだ。
バスソルトの香りが、二人の距離を少しだけ近づけた気がした。