都会の片隅にある古びたマンション──通称「月影荘」。
築五十年以上が経過し、今や住人のほとんどは高齢者ばかりだが、数年前から奇妙な噂が広まっていた。
「深夜零時、ドアをノックされても絶対に開けてはいけない。」
それは住人たちの間でまことしやかに囁かれる都市伝説であった。
ある者は好奇心からドアを開けてしまい、数日後に行方不明となった。
またある者は、夜中に何度もノックされ続け、やがて精神を病んでしまったという。
第一の証言
噂を耳にした若いカップル、田中達也と美咲は半信半疑ながらも、この月影荘に引っ越してきた。
二人は賃貸の安さに惹かれたのだが、どこか不気味な雰囲気が漂っていることにはすぐに気づいた。
引っ越しから三日目の深夜零時、静寂を破るようにコンコンとドアをノックする音が響いた。
「誰か来たのかな?」
達也がドアスコープを覗くと、そこには誰の姿もない。
しばらく耳を澄ませたが、やはりノックの音は続いている。
「開けない方がいいよ……。」
美咲が震える声で制止した。
その時、ふと達也はこのマンションの都市伝説を思い出した。
ノックの音は五分ほどで止んだが、それから数日間、達也は夢の中で誰かが自分を呼ぶ声を聞き続けた。
やがて、彼は自ら命を絶った。
第二の証言
達也の死後、美咲は恐怖に耐えられず月影荘を引き払い、友人宅を転々とするようになった。
しかし、どこへ行っても深夜零時になるとドアをノックされる音が聞こえるようになった。
ある夜、美咲は意を決してノックに応じ、ドアを開けた。
そこには、血まみれの達也が立っていた。
「帰ろう……。」
その言葉を最後に、美咲も行方不明となった。
現在の月影荘
今でも月影荘には住人がいる。
しかし、皆口を揃えて「深夜零時のノックには決して応じてはならない」と語る。
訪問者は誰なのか。
ノックに応じた者はどこへ消えてしまうのか──それを知る者は、もうこの世にはいない。