小田嶋正一(おだじましょういち)は、都心から少し離れた古い平屋に住んでいる。
仕事は特に決まっておらず、地元の商店街でアルバイトをしたり、知り合いの畑を手伝ったりしながら、その日暮らしの生活を送っている。
金はないが、不思議と焦りはない。
正一には、何よりも大切なものがあった。
それは、「七輪」である。
正一が七輪に出会ったのは二十歳の頃だった。
友人の家での庭先バーベキューに誘われたとき、誰かが物置から持ち出してきたのが、年季の入った七輪だった。
炭をくべる音、じんわりと広がる熱気、網の上でじゅうじゅうと焼かれる肉や野菜。
それを眺めているだけで、正一の胸の奥に温かいものが広がっていった。
火を囲むという単純な行為の中に、人と人とをつなぐ何かがあるような気がしたのだ。
それからというもの、正一は七輪に魅せられた。
最初はホームセンターで手に入れた安物だったが、徐々に骨董市を巡るようになり、時代物の七輪にも手を出すようになった。
備長炭の質にもこだわり、今では炭を選ぶ目利きにも自信がある。
朝起きれば、まず庭に出て七輪に火を入れる。
真冬でも、真夏でも関係ない。
むしろ、寒い季節にじんわりと身体を温めてくれる七輪の熱が好きだった。
日が昇る前の冷え切った空気の中、炭に火がつくまでの時間が、正一にとって至福のひとときだった。
火吹き竹を吹く呼吸も、次第に深くゆったりしていく。
まるで七輪が呼吸を教えてくれているようだった。
昼には七輪の上で昼飯を作る。
焼きおにぎり、干物、厚揚げ。
特別な食材は何もない。だが、七輪で焼くだけで何もかも美味くなる。
焼き目の香ばしさが食欲をそそり、炭火の力が素材の味を引き立てるのだ。
誰かと食べるのも楽しいが、一人で炭火を前にじっくり味わう時間は、何にも代えがたいものがあった。
正一の平屋には、数え切れないほどの七輪が並んでいる。
小さなものから、大きなものまで。
陶器のもの、珪藻土のもの、年代物の黒ずんだもの。
どれも正一にとっては宝物だった。
それぞれに思い出があり、それぞれに火のつき方や炭の配置に個性がある。
同じ料理でも、七輪によって味が微妙に変わる。
それが面白かった。
ある日、近所の小学生が「おじさん、何でそんなに七輪好きなの?」と尋ねてきた。
正一は、少し考えてから答えた。
「火を見てると、昔のことを思い出すんだ。小さい頃、おじいちゃんの家で見た囲炉裏の火。家族みんなで囲んだこたつの炭火。そういうのを思い出すと、なんか安心するんだよな。」
七輪の火は、正一にとって記憶と繋がる窓だった。
火を囲むという行為そのものが、どこか人の根源に触れるものだった。
都会の喧騒や情報の洪水から切り離されて、ただ炭が燃える音を聞き、食材が焼ける匂いを嗅ぐ。
そこにあるのは、ただの「時間」だった。
いつしか、正一の七輪好きは口コミで広がり、地元の人々が「七輪の先生」と呼ぶようになった。
使い方を教えてほしいと頼まれたり、「この七輪、使えるかな?」と古いものを持ち込まれたりするようになった。
正一は、そんな時間も愛おしかった。
七輪を囲んで話すことで、いつの間にか心が通じ合う。
スマホもテレビもないけれど、そこには豊かな会話があった。
ある秋の日、正一は庭先で小さな七輪を囲んでいた。
今日はイワシを焼く。
塩をふったイワシが、炭火の上で脂を滴らせ、煙をあげる。
その煙の匂いが、どこか懐かしく、胸の奥を締め付ける。
こんな暮らしを続けていけば、何も特別なことはないが、きっと何かが残る気がした。
七輪の火は今日も、正一の暮らしと心を温め続けている。
正一にとって、七輪はただの道具ではない。
生き方そのものだった。