古い物には、時の流れが刻まれている。
木村涼介は、骨董品をこよなく愛する男だった。
彼は都内の小さな骨董店「時の語り手」の店主であり、自ら仕入れた品々を丁寧に磨き上げ、訪れる客にその歴史を語るのが日課だった。
彼にとって骨董品とは単なる古い物ではなく、人々の記憶や想いが宿る特別な存在だった。
ある日、店を訪れたのは、一人の若い女性だった。
黒髪を一つにまとめ、シンプルな白いワンピースを纏った彼女は、どこか儚げな雰囲気を漂わせていた。
手には一枚の古びた写真を握りしめている。
「この時計、ご存じありませんか?」
彼女が見せた写真には、年季の入った懐中時計が写っていた。
銀製のケースには細やかな装飾が施され、中央には小さく「H.T.」と彫られていた。
涼介は写真をじっと見つめ、記憶を辿った。
「これは……おそらく19世紀後半のものですね。イギリス製でしょう。何か特別な品ですか?」
女性は頷いた。
「祖父が大切にしていた時計なんです。戦後の混乱で手放したと聞きましたが、どうしても取り戻したくて……。」
涼介は女性の瞳に宿る切実な想いを感じ取り、手伝うことを約束した。
彼の店には多くの懐中時計が並んでいるが、写真と同じものはなかった。
だが、これまでに仕入れた品の記録を辿れば、どこかで見た可能性もある。
数日後、涼介は知人の骨董商に連絡を取り、似た時計を探し始めた。
すると、ある店の倉庫に、写真と酷似した懐中時計があるという情報を得た。
急いで訪れると、確かにそこには「H.T.」の刻印が施された時計があった。
「これです!」
涼介はその時計を手に取り、慎重に状態を確認した。
経年による傷はあるものの、細工は美しく、時計の内部機構もまだ動いている。
「間違いない。彼女のお祖父さんの時計だ。」
涼介はその時計を買い取り、店へ戻るとすぐに彼女へ連絡した。
彼女が現れると、彼は慎重に時計を手渡した。
「ご覧ください。間違いなく、お祖父さんの時計です。」
女性は震える手でそれを受け取り、涙を浮かべた。
「ありがとうございます……。まさか本当に見つかるなんて……。」
彼女は大切そうに時計を胸に抱きしめると、涼介に深く頭を下げた。
「お礼に、この時計の代金を支払わせてください。」
だが、涼介は首を振った。
「いえ、これはお祖父さんがあなたに残したものです。私がどうこう言う権利はありません。」
女性はしばし言葉を失い、涙ぐんだ表情で何度も礼を述べた。
その日、涼介は店の片隅にある古い掛け時計を見つめながら、改めて骨董品の持つ不思議な力を実感した。
古い品物には、ただの物ではなく、それを持つ人々の歴史や思い出が詰まっている。
だからこそ、彼はこの仕事を続けているのだ。
翌日、店の扉を開けると、小さな包みが置かれていた。
開けてみると、そこには一枚の手紙と、小さな銀のペンダントが入っていた。
『木村様
時計を見つけてくださり、本当にありがとうございました。
お礼の気持ちとして、祖父が生前大切にしていたペンダントをお贈りします。
私にとって時計はかけがえのないものですが、これもまた誰かの手で時を刻み続けることを願っています。
あなたのような方に持っていただけたら、祖父もきっと喜ぶと思います。』
涼介はそっとペンダントを握りしめ、静かに微笑んだ。
それからも「時の語り手」には多くの人々が訪れ、それぞれの想いを抱えながら古い品を手に取っていった。
涼介はその一つ一つに耳を傾け、品物に宿る物語を伝え続ける。
今日もまた、誰かが失われた時間を取り戻しに、店の扉を開けるのだった。