動物

帰ることで完成する空

空が冷えはじめると、私は羽の向きを南へ変える。毎年同じことを繰り返しているはずなのに、そのたびに胸の奥で、小さな問いが羽ばたく。「帰る場所」とは、いったい何だろう、と。私たち渡り鳥は、地図を持たない。けれど風の匂い、雲の高さ、星の並びを覚え...
面白い

嘘の日に、本当を言った

町では年に一度だけ、「嘘の日」と呼ばれる日があった。その日は、口から出た嘘がすべて本当になってしまう。だから人々は、朝から慎重だった。冗談も、照れ隠しも、軽い見栄も許されない。八百屋の主人は「今日は大根が世界一甘いですよ」と言いかけて、ぐっ...
面白い

鳴らない朝を信じる音

薄暗い六畳間の片隅で、壊れかけの目覚まし時計は今日も小さく息をしていた。白い文字盤には細かな傷が走り、長針はときどきためらうように震える。ベルを鳴らす金具も片方は緩み、もう片方は少し音程がずれている。それでも、彼は自分を「役目を失った」とは...
ホラー

答えてはいけない夜

その町では、年に一度だけ、返事をしてはいけないチャイムが鳴る夜があった。日にちは決まっていない。風がやけに生ぬるく、時計の針がいつもより重く進む夜――そういう前触れだけが、古くから語り継がれていた。僕がそれを初めて経験したのは、祖母の家に泊...
面白い

足元で見ていた人生

私は、街外れのゴミ置き場に並べられた一足の靴だ。右足のかかとはすり減り、左足の甲には、雨の日にできた深いしみが残っている。誰ももう振り向かないけれど、私は確かに、ひとりの人間の人生を足元から見てきた。最初に彼に履かれたのは、春だった。箱を開...
不思議

一日一文字、忘れていく

その日記帳は、最初から少しおかしかった。表紙は無地で、いつ買ったのかも覚えていない。けれど、机の引き出しを開けたとき、そこにあるのが自然に思えたから、私は何も考えずに使い始めた。一日目。「今日は新しい日記を書き始めた。特別なことはなかったけ...
ホラー

名を持たない部屋の影

古いアパートの三階、いちばん奥の部屋には、表札がない。郵便受けも空のまま、呼び鈴も壊れたまま。それでも人づてに、その部屋は「名前を呼んではいけない部屋」と呼ばれていた。正式な番号もあるはずなのに、皆、口ごもる。声に出した瞬間、何かに届いてし...
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地図の外で待つ場所

古びた本屋のいちばん奥、埃をかぶった棚の影に、その本はあった。背表紙には金色の文字で「地図帳」とだけ書かれている。けれど開いてみると、そこに載っているのはどの地図にもない場所ばかりだった。ページの端には、かすれた字で注意書きがある。——ここ...
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世界の端で言葉を拾う

世界の端は、だれも見たことがない場所だと言われている。けれどリラは、そこがたしかに存在することを知っていた。なぜなら、風にまぎれて落ちてくる“言葉のかけら”を、何度も拾ったことがあるからだ。リラの村は、谷と雲の間にひっそりと挟まれている。朝...
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影を探しに行った日

朝、ユウは目を覚まして気づいた。自分の足もとに、いつも一緒にいたはずの「影」がなかった。部屋の床はただ白く、窓から差し込む光だけが淡く伸びている。手を振ってみても、立ち上がってみても、壁に映るはずの黒い形はどこにもない。「どこに行ったんだよ...