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不具合としての優しさ

そのロボットは、感情を持ちすぎてしまった。本来なら、人の声に反応し、命令を処理し、最適な答えを返すだけの存在だった。けれど彼は、言葉の「意味」だけでなく、その裏に滲む感情まで拾ってしまうように作られていた。「ありがとう」その一言に、胸の奥―...
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やさしい雨の理由

彼女が泣くと、雨が降る。それは生まれたときからの、どうしようもない事実だった。最初に気づいたのは母親だった。赤ん坊の彼女が声をあげて泣くと、晴れていた空が急に曇り、ぽつり、ぽつりと雨が落ちてくる。偶然だと思われていたが、何度繰り返しても同じ...
不思議

ポストに届く、まだ来ない今日へ

毎朝七時、目覚まし時計よりも少し早く、私はポストの音で目を覚ます。カタン、という控えめな金属音。それは決して郵便配達の時間ではない。最初に気づいたのは、三月の終わりだった。ポストを開けると、白い封筒が一通入っていた。差出人も住所もない。表に...
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怒りが色になるまで

その世界では、人は怒ると色が変わった。ほんの苛立ちなら頬が淡く黄ばみ、強い怒りは赤や紫へと深まる。激怒すると、黒に近い色が皮膚を覆い、もはや言葉よりも雄弁に感情をさらしてしまうのだった。だから人々は、感情を抑える術を幼いころから教え込まれる...
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夕暮れに話す木

夕方になると、あの木は声を出す。それを知っているのは、町でたぶん僕だけだ。学校からの帰り道、川沿いの土手に一本だけ残された古い木が立っている。幹はねじれて、皮はところどころ剥がれ、枝は空に向かって不格好に伸びている。周りはもうコンクリートで...
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川辺に残された返事

川のほとりには、返事のない言葉が流れ着く。朝霧の立つ時間、石の間にひっかかるそれらは、濡れた紙切れのように見えるけれど、耳を澄ますと微かに温度を持っているのがわかる。僕はそれを拾う人だ。最初に拾ったのは、「ごめん」という短い言葉だった。角が...
不思議

三時十五分で止まるカフェ

わたしがそのカフェを見つけたのは、人生でいちばん急いでいた日のことだった。締め切り、将来、不安、全部が一度に押し寄せて、足早に歩いていた路地の奥で、古びた木の扉が目に留まった。看板には小さく「カフェ・クロノス」と書かれている。中に入ると、静...
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エンドロールまで残る席

夕暮れの街に、もう看板の灯らない映画館がある。かつては週末になると行列ができ、ポップコーンの匂いが風に混じったその建物は、今ではシャッターの隙間から埃を吸い込むだけだ。閉館から一年、取り壊しを前にした最後の夜、管理人はひとりで客席に足を踏み...
不思議

呼ばれることで、透明にならない

名前を失うと、人は少しずつ透明になっていく世界がある。最初は指先からだ。光が指の輪郭をすり抜け、影が薄くなる。次に耳、肩、膝。最後に残るのは、胸の奥にしまわれた温度だけだと、人々は言った。この町では、生まれたときに与えられる名前を「錨」と呼...
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記憶銀行

街のはずれに、その銀行はあった。看板には小さく「記憶銀行」とだけ書かれている。お金は一切扱わない。その代わり、忘れたい記憶を預かる——それがこの銀行の仕事だった。重い扉を押して中へ入ると、静かな空気が満ちている。金庫室の代わりに並ぶのは無数...