動物

夕暮れの帰り道

小さな町のはずれに、一軒の古い家があった。庭の柿の木の下で、柴犬の「こたろう」はいつも丸くなって眠っている。毛並みは陽だまりのようにあたたかく、鼻先は少し白くなり始めていた。もう十歳を越える老犬だった。こたろうの飼い主は、小学生の少女・美咲...
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月のかけらで撫でる夜

夜の静けさが好きだった。外では秋の虫が鳴いている。窓を少し開けて、ベッドサイドの小さな灯りをつける。木製の棚の上に並ぶガラス瓶たち——ラベンダー、ローズ、ユーカリ。香りの違いを感じながら、今日も奈央は小さな儀式を始めた。手の中に、ひんやりと...
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毛布のぬくもり

冬が近づくたび、結衣は押し入れの奥から一枚の毛布を取り出す。淡いクリーム色のその毛布は、もうところどころ毛玉ができていて、端の糸も少しほつれている。けれど、柔らかくて、包まると安心する。どんなに寒い夜でも、その毛布があれば眠れるのだ。結衣が...
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帰り道の楓

村のはずれ、小さな川のそばに一本の楓の木が立っていた。春は淡い緑、夏は濃い影を落とし、秋には火のように赤く染まる。冬は裸になって雪を受け止め、また春を待つ。百年近く、変わらぬ場所で風に揺れ、人々の暮らしを見つめてきた。昔、この楓の木の下で、...
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水車のうた

山あいの小さな村のはずれに、一つの古い水車小屋があった。木でできた羽根はすり減り、苔むした輪が静かに回るたび、きしむ音が谷にこだました。村の人々は「もうすぐ止まるだろう」と言いながらも、その音にどこか安心していた。水車小屋を守るのは、七十を...
動物

信号の向こうの相棒

朝の光が差し込む警察犬訓練センターの広場に、風が吹き抜けた。若い警察官・田島は、ハーネスを握りしめながら深呼吸する。目の前には、一頭のジャーマン・シェパード──名は「レン」。鋭い目つきだが、尻尾の動きはどこか柔らかい。「レン、今日は最後の試...
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陽だまりのグラス

――冬の朝、陽の光がゆっくりと部屋に差し込んでくる。ガラスのコップの中で、みかんジュースがきらきらと輝いていた。陽菜はその色が好きだった。太陽をぎゅっと閉じ込めたような、あたたかいオレンジ色。小さなころから、冬になると祖母が手しぼりで作って...
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ホップの丘で

春の風が吹き抜ける丘の上に、ひとりの青年が立っていた。名前は陽介。地元の小さなクラフトビール工房で働く、まだ二十代半ばの青年だ。彼の目の前には、青々とした蔓が支柱を這い上がっている。ホップ畑――ビールの香りを決める、緑の宝石のような植物だ。...
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銀色の小さな約束

駅前のベンチに腰かけて、缶コーヒーのプルタブをそっと外す。カチリと鳴った音が、秋の風に小さく溶けていく。その銀色の輪っかをポケットにしまうと、通りすがりの高校生が不思議そうにこちらを見た。だがもう慣れた。誰かに変な人だと思われるのも、最初の...
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ひとくちのやさしさ

朝六時。古い木造アパートの一階にあるキッチンで、由梨はトマトジュースの缶を開けた。ぷしゅ、と小さな音がして、赤い香りがふわりと広がる。ガラスのコップに注ぎながら、彼女は小さく息を吐いた。「今日も、いい色」大学を出て三年。広告会社の事務として...