ホラー

緑の口笛

理科準備室の片隅に、それは置かれていた。大きな瓶の中、湿った苔と泥の上に根を張り、まるで口を開けたような形をしている――食虫植物。名札には「ネペンテス」とあった。三年生の美咲は、放課後の掃除の当番で初めてそれを見つけた。瓶の内側には細かい水...
面白い

流れの向こうへ

五月の風がやわらかく頬をなでた。陽射しはやや強く、川面に反射してきらきらと輝いている。春休みの終わり、拓海は父の古いボートを持ち出して、ひとり川下りをすることにした。川は小学校の裏山を抜け、田んぼを横切って、町の外れまで続いている。昔は父と...
ホラー

風の抜け道

十月の終わり、山岳部の友人・健司に誘われて、私は標高二千メートル近くの山小屋に泊まることになった。紅葉の時期を過ぎ、登山客もほとんどいない。健司が言うには、古い山小屋を管理している知り合いが改装の手伝いをしてくれる人を探しているのだという。...
食べ物

レモンゼリーの午後

春の光が、窓辺のカーテンを透かしていた。由美は、静かにスプーンを手に取り、小さなガラスの器の中のレモンゼリーをすくった。黄色い光を閉じ込めたようなそのゼリーは、ひとくち口に入れると、甘酸っぱくて、どこか懐かしい味がした。毎週日曜日の午後、由...
動物

森のくまの手紙

北の森の奥深く、雪解け水がきらめく小川のそばに、一頭のくまが暮らしていました。名前はトモ。冬眠から覚めたばかりの春の朝、トモは巣穴の前で鼻をひくひくと動かしました。森の匂い。湿った土と若葉、そしてどこか甘い香り。その香りをたどって歩くと、小...
面白い

勝手に動くおもちゃ

古びた木造の家の二階、ほこりをかぶったおもちゃ箱の中に、それは眠っていた。ゼンマイ仕掛けのブリキのウサギ。片方の耳が少し曲がり、ペンキの塗装もところどころ剥げている。名前は「ピップ」。かつてこの家に住んでいた少女・みゆが大切にしていたおもち...
食べ物

春色の瓶の中で

朝の光が台所の棚をやわらかく照らす。ガラス瓶の中で、赤い果実がきらめいていた。いちごジャム。香織はその瓶のふたを開け、そっとスプーンを差し込む。甘酸っぱい香りが、ふっと鼻をくすぐった。――この匂いを嗅ぐと、いつも春を思い出す。実家の庭には、...
面白い

ヒヤシンスの香り

春の風が街の角を曲がり、古いアパートの窓辺に並ぶ鉢植えの花たちをそっと揺らした。その中で、ひときわ鮮やかに咲き誇るのは、薄紫のヒヤシンスだった。結衣はその香りが大好きだった。朝、仕事へ行く前にカーテンを開け、花に霧吹きをかける。ほんのり甘く...
食べ物

チョコブラウニーの午後

春の陽ざしが差し込む窓辺で、真理はオーブンの前にしゃがみこんでいた。タイマーの針が残り三分を指している。ふわりと甘い香りが部屋いっぱいに広がり、胸の奥までとろけそうだった。チョコブラウニー——それは彼女にとって、ただの焼き菓子ではなかった。...
食べ物

くるり、甘い午後

日曜の午後、古びた商店街の角にある小さな喫茶店「ルーロ」。カウンターの奥では、店主の美佐子が泡立て器をくるくると回している。ボウルの中では生クリームがゆっくりと形を変え、白い峰を立てていく。「今日のは、ちょっと特別なの」そう言いながら、美佐...