面白い

ティッシュの哲学

高木亮(たかぎ・りょう)は、いわゆる“ティッシュマニア”だった。といっても、鼻炎に悩まされているわけでも、コレクターとして珍品を集めているわけでもない。彼の関心は「質」ただ一点に絞られていた。「柔らかさ」「吸収力」「破れにくさ」「肌への優し...
食べ物

梅干しと春の記憶

陽子(ようこ)は幼い頃から梅干しが好きだった。ただの好きではない。人がスイーツに目を輝かせるように、彼女は梅干しに心をときめかせた。「お弁当、今日も梅干しだけ?」母は時々、心配そうに尋ねた。ご飯の真ん中にぽつんと置かれた梅干し。それだけで陽...
面白い

コバルトブルーの海

その海は、どこまでも青かった。空の青とも違う、群青とも紺碧とも違う、深くて澄んだ、どこか懐かしい色――コバルトブルー。まるで誰かの記憶の中からすくい上げたような、そんな色だった。遥は、毎年夏になると祖母の住む離島を訪れていた。島には電車も信...
食べ物

モッツァレラの向こう側

佐倉陽一(さくらよういち)は、どこにでもいる三十代のサラリーマンだった。営業の仕事は嫌いではないが、特別好きでもない。ただ一つ、彼の人生において確かな「情熱」と呼べるものがある。それが——モッツァレラチーズである。最初にモッツァレラを食べた...
冒険

ポメラニアンの大冒険 〜しっぽに宿る光〜

ある静かな森の外れ、小さな村の片隅に「ポン太」という名のポメラニアンが住んでいました。フワフワの金色の毛並みと、くるんと巻いたしっぽが自慢のポン太は、飼い主のミナと穏やかな日々を過ごしていました。しかし、ある夜のこと。空が赤黒く染まり、不気...
食べ物

小松菜日和

朝の光が差し込む小さなアパートのキッチンで、加奈(かな)は鼻歌を歌いながら包丁を握っていた。まな板の上には艶やかな緑色、小松菜。昨日スーパーで買ったばかりの新鮮な一束だ。「やっぱり、この香り……落ち着くなあ」小松菜といえば、ほうれん草の陰に...
面白い

時の砂を愛する人

高瀬結は、古道具屋「風詩(ふうし)」の奥にある小部屋で、砂時計を一つずつ丁寧に並べていた。店主の娘として生まれた彼女は、小さい頃から砂時計に特別な魅力を感じていた。それは祖父の影響だった。祖父はかつて時計職人で、時間という目に見えないものを...
食べ物

白いチョコレートの約束

冬の終わり、まだ寒さの残る街の片隅に、小さなチョコレート専門店があった。看板には「Chocolaterie Neige(ショコラトリー・ネージュ)」と書かれている。「Neige」とはフランス語で「雪」を意味する。店主の名はユキ。白髪に見える...
面白い

雪の行方

春が来るたび、村は雪で悩まされていた。山あいの小さな集落、湯ノ下村。豪雪地帯として知られ、冬の終わりには道路の脇に3メートル近くも積み上げられた雪の壁が残る。その処理に、村は多くの予算と労力を割いていた。排雪作業にかかる燃料代も馬鹿にならな...
食べ物

潮の香りがする記憶

瀬戸内海に面した小さな町、鏡島。この町には代々続く醤油蔵「海鳴(うみなり)」がある。創業は江戸末期。五代目当主の野見山達郎(のみやま たつろう)は、七十を越えてなお、毎朝五時に蔵へ足を運ぶのが日課だった。海鳴の看板商品は、牡蠣から旨味を抽出...