食べ物

波間の緑の珠(たま)

海ぶどうを初めて食べたのは、小学生の夏休み、沖縄の親戚の家だった。陽射しが強く、砂が焼けるように熱い日。縁側のテーブルに並んだ大皿の上で、ぷちぷちとした緑の粒が陽の光を受けてきらめいていた。祖母が笑いながら「これが海ぶどうさ」と言って、酢醤...
動物

雪の上の約束

――北海道の冬は、長く、静かだ。森の奥、白い息を吐きながら、一匹のキタキツネが歩いていた。名はユキ。まだ若い雌のキツネで、胸の毛が少しだけ金色に輝くのが自慢だった。雪に覆われた地面を踏みしめるたび、きゅっ、きゅっ、と乾いた音が響く。ユキは飢...
食べ物

黄色のやさしさ

幼いころ、真由の誕生日ケーキはいつも同じだった。母が焼く、ふわふわのシュークリームタワー。その中には、黄金色のカスタードクリームがたっぷり詰まっていた。ひと口かじると、甘くてあたたかい香りが口いっぱいに広がる。卵のやさしさ、牛乳のまろやかさ...
食べ物

レーズンパンの朝

駅前の小さなベーカリー「ブロート・ハウス」には、毎朝決まって七時半に現れる客がいる。名は加奈子。三十代半ば、派手さはないが、どこか柔らかな雰囲気をまとった女性だ。彼女がいつも頼むのは、焼き立てのレーズンパン。「ひとつください」それだけを言っ...
食べ物

森の香り、しいたけの湯気

山のふもとに、小さな温泉宿「ほのか」がある。古びた木の看板には、墨で「湯」と書かれ、夕暮れになると、硫黄の匂いと湯けむりが静かに立ちのぼる。宿の女将・絵里子は、この地で生まれ育ち、亡き父から宿を受け継いだ。彼女の一日は早い。まだ陽の昇らぬう...
食べ物

屋台の焼きそば

夏の夕暮れ、街の広場に灯りがともる。風に乗って、ソースの香ばしい匂いがふわりと流れてきた。「ああ、今年もこの季節が来たんだな」悠真は、手にしたうちわを止めて、広場の隅にある屋台を見つめた。そこには、赤いのれんに「焼きそば」と書かれた古びた屋...
面白い

星条旗の向こうへ

いつかアメリカを旅してみたい――その夢を、結衣は高校生の頃から抱き続けていた。理由を聞かれてもうまく説明できない。ただ広大な道を走り抜ける映像や、古い映画のワンシーンのような夕陽を見たとき、胸の奥がじんわり熱くなるのだ。大学を卒業してからも...
面白い

絹の記憶

春の陽射しがやわらかく差し込む午前の縁側で、沙織は静かに着物の袖を整えていた。薄桃色の小紋に、桜の花びらが散るような柄。母が若いころに誂えたもので、少し肩が合わなくなっていたが、糸の艶やかな光沢は今も変わらない。「やっぱり、着物っていいなあ...
面白い

薔薇の約束

春の陽がやわらかく降り注ぐ丘の上に、「ローズ・ガーデン結衣」はある。白いアーチをくぐると、無数の薔薇が迎えてくれる。深紅、淡桃、雪のような白。風が吹くたび、香りがふんわりと流れ、まるで夢の中を歩いているようだった。園の主・結衣は三十代の女性...
面白い

潮騒の手紙

海辺の町に生まれ育った沙月(さつき)は、幼いころから波の音が好きだった。朝の穏やかな寄せ返す音も、夜に荒れる風と混ざる激しい音も、彼女にはどこか懐かしく、心の奥をやさしく撫でるように感じられた。祖母の家は、崖の上に建つ古い木造の家だった。窓...