面白い

碁盤のささやき

古びた町の一角に、小さな囲碁教室があった。看板も色褪せていて、初めて見る人はそこに人が集っているとは思わないだろう。しかし、放課後になると子どもたちが駄菓子を片手に集まり、碁盤の上に石を打ち合う音が響いていた。少年・悠斗は、ある日、友だちに...
食べ物

キャベツ畑の約束

陽介は子どものころからキャベツが好きだった。炒めても、煮ても、生でも、あの甘みと歯ごたえがたまらなかった。給食に出たロールキャベツを誰よりも早く平らげ、家では母の千切りキャベツを大盛りで食べ、友達には「草食動物みたいだな」と笑われた。それで...
面白い

土の城の住人たち

森の奥深くに、ひときわ大きな蟻塚があった。高さは子どもの背丈ほどもあり、まるで小さな城塞のように盛り上がっていた。土の壁は幾度もの雨風を耐え抜いて固く、内部には無数の通路が走り、卵を守る部屋、食糧を蓄える倉庫、働き蟻たちの寝床が整然と分かれ...
不思議

星を飲む町

その町には、不思議な習慣があった。年に一度、夜空から星が降りてくるのだ。大きな隕石ではない。手のひらほどの光の粒が、ふわふわと舞い降り、路地や屋根の上に静かに積もる。町の人々はそれを「星のしずく」と呼び、集めては小さな瓶に閉じ込め、ひと口ず...
面白い

整理の向こう側

佐伯美香は、小さなワンルームの部屋に住んでいる。会社勤めの事務員で、特別派手な趣味があるわけではない。けれども彼女には、人から不思議がられるほど熱中していることがある――収納だ。棚に並ぶ書類はラベルの色で瞬時に区別でき、衣類は色と季節ごとに...
食べ物

せんべい屋の灯

町のはずれに、小さなせんべい屋がある。古びた木の引き戸を開けると、香ばしい醤油の香りが鼻をくすぐり、客の足を自然と止める。看板には墨文字で「松風堂」とある。主人の松田寅吉は七十を越えたが、今も毎朝、夜明け前に窯に火を入れ、手を止めることはな...
食べ物

赤い皿が導いた道

直樹が初めてペスカトーレを口にしたのは、大学二年の夏だった。友人に誘われて入った小さなイタリアンレストラン。木の扉を押し開けると、にんにくとオリーブオイルが熱された香りが鼻を突き抜け、奥の席から賑やかな笑い声が響いてきた。メニューを眺めなが...
面白い

荷台に揺れる約束

町はずれの整備工場の片隅に、一台の古びたトラックが眠っていた。青い塗装はところどころ剥がれ、荷台には小さな錆が浮かんでいる。エンジンをかけると少し苦しそうな音を立てるが、それでも確かな力を残していた。このトラックの持ち主は、四十代半ばの運送...
食べ物

ミニトマトの赤い記憶

小さな庭の片隅に、毎年必ず赤く実るものがある。美咲が育てるミニトマトだ。春先に苗を買って植え付け、初夏には青い実が膨らみはじめ、夏の日差しをたっぷり浴びて、やがて赤く弾けるように色づく。その瞬間がたまらなく好きで、美咲は毎朝の水やりを欠かさ...
食べ物

優しい甘みの中で

幼い頃、祖母の家に遊びに行くと、必ず木の器に盛られた黒糖がちゃぶ台の上に置かれていた。小さな手でつまむと、ざらりとした表面が指先に心地よく、口に含めば濃厚な甘みとやさしい香ばしさが広がった。健太は、その記憶を何度も思い返しては、胸の奥に温か...