不思議

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緑の窓

午後の陽射しが公園の木々を黄金色に染めるころ、七瀬はベンチに座って文庫本を開いていた。休日の静かな午後、子どもたちの笑い声と鳩の羽ばたきが耳に心地よい。風がページをめくるのと同じ速さで、彼女のまぶたも時折重くなっていく。ふと気配を感じて顔を...
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パンケーキ雲の旅

ある朝、ひとりぼっちの小さな町のパン屋「こむぎのしらべ」に、ふしぎなお客さまがやってきました。くるくるの金色の髪、白いマントに身を包んだ少女は、そっとカウンターに近づくと、声を潜めて言いました。「ふわふわの、雲みたいなパンケーキ、ありますか...
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ニラと光る猫

町外れのアパートに、ニラが大好きな男が住んでいた。名は島田光太(しまだこうた)、三十六歳、独身。スーパーの青果売り場で働く彼は、毎日規則正しく仕事を終え、まっすぐ帰宅すると、冷蔵庫に入っているニラの束を取り出しては、ニラ玉、ニラ炒め、ニラう...
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琥珀色の美

朝、陽が差し込む台所で、千代はゆっくりとグラスにお酢を注いだ。リンゴ酢に蜂蜜をひとさじ。それをぬるま湯で割るのが、彼女の日課だった。かれこれ十年以上、毎朝欠かさず飲み続けている。理由はただひとつ。美しくあるためだ。「肌がつやつや」「血行がよ...
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トンネルの向こうで

町の外れに、誰も近づかない古いトンネルがある。鉄道用に掘られたものだが、線路はすでに撤去され、今では草と蔦に覆われたコンクリートのアーチがぽつんと残るだけ。地元の子どもたちは「幽霊トンネル」と呼び、夕暮れ時になると決して近づこうとはしない。...
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はにわのまにまに

雨の降る春の日、駅から少し離れた団地の一室に、ひとりの若い女性が引っ越してきた。彼女の名前は中谷 麦(なかたに むぎ)。年は二十七。職業は図書館司書。趣味は――はにわ収集。「なんでそんなに好きなの?」とよく聞かれる。答えはいつも同じだ。「な...
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星屑パン屋と流れ星の願い

とある小さな町に、「星屑パン屋」と呼ばれるパン屋があった。町外れの丘の上にぽつんと建っているその店は、夜になると不思議なことが起こる。パンが星のかけらのように光りだし、風に乗ってふわりと浮かぶこともあるという。そんな噂が子どもたちの間で囁か...
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三尾の狐と運命の灯

深い山奥に、人の姿を取ることができる三尾の狐・白蓮(びゃくれん)が住んでいた。彼女はもともと普通の狐であったが、百年の時を生き、霊力を得て三本の尾を持つ妖狐となった。しかし、まだ九尾の狐のように完全な妖力を持つには至っておらず、人間に化けら...
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アボカドの呼び声

緑色の皮を指先で撫でると、ひんやりとした感触が心地よい。山野ほのかは、毎日のようにスーパーでアボカドを手に取る。肩まである黒髪をひとつにまとめ、エコバッグを片手に歩く姿は、周囲から見ればごく普通の会社員。けれど、彼女には誰にも話していない秘...
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小麦畑の風に抱かれて

広大な小麦畑が広がるその村には、毎年黄金色の波が風に揺れる季節が訪れる。風が吹くたび、小麦の穂がさらさらと音を立て、まるで何かを語りかけるようだった。村のはずれにぽつんと建つ古びた家には、ひとりの少女が暮らしていた。名前はミナ。十二歳の春を...