食べ物 お茶漬け日和 佐藤拓実(さとうたくみ)が初めてお茶漬けを美味しいと思ったのは、小学三年生の冬だった。母が風邪で寝込んだある日、冷蔵庫の中には半端な漬物と冷やご飯しかなかった。小柄な身体で台所に立ち、手探りで急須を使い、お湯を注ぎ、漬物を乗せて、食べた。味... 2025.06.01 食べ物
食べ物 小さなタコがくれたもの 篠原まことは、三十五歳の独身男性。製造工場で働く、どこにでもいるような普通のサラリーマンだ。ただ、一つだけ、彼には人にあまり言えない“好きなもの”があった。それは、タコさんウインナー。赤い皮に包まれた小さなウインナーを、下半分に切れ込みを入... 2025.06.01 食べ物
食べ物 焼きたての夢 古びた商店街の一角に、小さなトースト専門店がオープンしたのは、初夏の陽射しが柔らかく街を照らし始めた頃だった。看板には「Pan to(パント)」とだけ、シンプルに書かれていた。店主の名は、相沢志帆(あいざわ・しほ)、三十歳。大学を卒業後、大... 2025.05.29 食べ物
食べ物 いくらに命を賭けた男 北海道・根室。冬の海に吹きすさぶ風が、漁港の岸壁を打ちすえる。漁師・佐久間竜一(さくまりゅういち)、五十七歳。顔には無数の皺、手は凍てつく潮風に焼けてごつごつとしていた。「今年も、いくら漬ける時期がきたな」そう呟く彼の目は、港の向こうに浮か... 2025.05.28 食べ物
食べ物 ハスカップの約束 北海道の東の小さな町、厚真。春の終わりに雪が溶けると、町の空気は少しだけ甘くなる。地元の人々にしか分からない匂い――それは、山に自生するハスカップの芽吹きだった。中原沙織は、十年ぶりにこの町へ戻ってきた。母が亡くなって、実家をどうするか話し... 2025.05.19 食べ物
食べ物 アスパラガスの王子さま 「アスパラガスは、愛なんだ」町の誰もがそう口にするのは、八百屋「青竹屋」の若き店主・相原潤一のことを語るときだった。潤一は、アスパラガスが大好きだった。どれくらい好きかというと、朝食にはアスパラのソテー、昼はアスパラのペペロンチーノ、夜はア... 2025.05.18 食べ物
食べ物 月夜のビスケット店 駅前から続く小さな商店街の外れに、「ビスケット日和」という店がある。木造の可愛らしい建物で、看板には手描きのビスケットと、ふわりとした筆致で店名が書かれていた。昼間は人通りが少ないが、不思議なことに夜になると、ぽつりぽつりと客が訪れる。店主... 2025.05.17 食べ物
食べ物 アジフライの向こう側 港町・葉浜(はばま)に住む三十六歳の独身男、佐伯修司は、アジフライが好きだった。好きというより、執着に近い。週に五回は食べる。昼に食べ、夜にも食べる。冷凍のアジフライは認めない。手で捌いたアジからでなければ、アジフライとは呼べないと信じてい... 2025.05.16 食べ物
食べ物 白い蜜の記憶 小学生の頃、夏になると必ず母がかき氷を作ってくれた。赤いイチゴのシロップと、ぽってりと重たい練乳をたっぷりかけてくれるのが恒例だった。俺はそれが大好きだった。氷の冷たさに歯を浮かせながらも、練乳の甘さを追い求めてスプーンを動かし続ける。底の... 2025.05.14 食べ物
食べ物 ガーリックの香りに包まれて あの通りには、いつもふんわりとパンの焼ける匂いが漂っていた。小さな商店街の端にある、木造の古びた一軒家。その扉には手描きの看板がぶら下がっている。「GARLIC MOON – ガーリックトースト専門店」。控えめな字体の下に、小さな月のイラス... 2025.05.13 食べ物