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キャベツ畑の約束

陽介は子どものころからキャベツが好きだった。炒めても、煮ても、生でも、あの甘みと歯ごたえがたまらなかった。給食に出たロールキャベツを誰よりも早く平らげ、家では母の千切りキャベツを大盛りで食べ、友達には「草食動物みたいだな」と笑われた。それで...
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せんべい屋の灯

町のはずれに、小さなせんべい屋がある。古びた木の引き戸を開けると、香ばしい醤油の香りが鼻をくすぐり、客の足を自然と止める。看板には墨文字で「松風堂」とある。主人の松田寅吉は七十を越えたが、今も毎朝、夜明け前に窯に火を入れ、手を止めることはな...
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赤い皿が導いた道

直樹が初めてペスカトーレを口にしたのは、大学二年の夏だった。友人に誘われて入った小さなイタリアンレストラン。木の扉を押し開けると、にんにくとオリーブオイルが熱された香りが鼻を突き抜け、奥の席から賑やかな笑い声が響いてきた。メニューを眺めなが...
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ミニトマトの赤い記憶

小さな庭の片隅に、毎年必ず赤く実るものがある。美咲が育てるミニトマトだ。春先に苗を買って植え付け、初夏には青い実が膨らみはじめ、夏の日差しをたっぷり浴びて、やがて赤く弾けるように色づく。その瞬間がたまらなく好きで、美咲は毎朝の水やりを欠かさ...
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優しい甘みの中で

幼い頃、祖母の家に遊びに行くと、必ず木の器に盛られた黒糖がちゃぶ台の上に置かれていた。小さな手でつまむと、ざらりとした表面が指先に心地よく、口に含めば濃厚な甘みとやさしい香ばしさが広がった。健太は、その記憶を何度も思い返しては、胸の奥に温か...
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ジュウという幸福

匂いが漂ってきただけで、心が躍る。鉄板に落とされた分厚い肉が「ジュウ」と音を立て、立ちのぼる煙とともに香ばしい匂いを放つ瞬間――そのすべてが、佐伯健一にとっては至福の時間だった。健一は幼い頃から肉が大好きだった。特に父が給料日に奮発して買っ...
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白い小さな幸せ

春の終わり、牧場の朝はまだ少し冷たい風が吹いていた。美緒は牛舎の扉を開けると、牛たちがのんびりと反芻している姿を眺めた。小さい頃から牛の匂いも鳴き声も日常で、都会の友人に話すと驚かれるが、美緒にとってはどこか安心する音と香りだった。彼女の家...
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甘酸っぱい約束

川沿いにある小さな町に、悠真という青年が暮らしていた。彼は昔から人付き合いが得意ではなく、どこか影を抱えたような雰囲気を纏っていた。そんな彼が唯一心を許せる存在が「ラズベリー」だった。赤く小さな果実は、彼にとってただの食べ物ではなく、心の奥...
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かきのたね日和

健太は昔から「かきのたね」が好きだった。オレンジ色の小さな柿の種と、塩気の効いたピーナッツ。そのシンプルな組み合わせに、彼はなぜか無性に惹かれてきた。子供の頃、父が晩酌の横に置いていたのをつまみ食いして以来、気がつけば自分の部屋の机の引き出...
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豚肉好きの物語

浩一は、自他ともに認める「豚肉好き」だった。牛肉よりも、鶏肉よりも、魚よりも、とにかく豚肉を愛していた。トンカツのサクサク感とジューシーな甘み、角煮のとろけるような食感、しょうが焼きの香ばしい匂い……どんな料理に姿を変えても、豚肉は彼の心を...