面白い

面白い

梅昆布茶は心を結ぶ

春の風がまだ肌寒さを含んでいたある日、商店街の片隅に小さな茶舗「一服庵」があった。棚には緑茶やほうじ茶の缶が並び、奥には古びた急須や茶器が整然と置かれている。その店に一つ、控えめに目立たぬよう置かれていたのが「梅昆布茶」であった。梅昆布茶は...
面白い

木の温もりを伝える箸

山あいの小さな町に、古びた工房を構える箸職人・庄吉がいた。年は七十を越え、白髪と深い皺が刻まれていたが、その眼差しは木を前にすると若者のように輝いた。庄吉の箸は「手に馴染む」と評判で、遠くの都会からも注文が来るほどだった。しかし彼は決して大...
面白い

風を越えて

中学二年の春、陸上部の練習場に並ぶ白いハードルを前に、遥(はるか)は足を止めていた。背丈ほどもあるそれらは、彼女にとって巨大な壁のように見えた。「走るのは好きだけど……これを飛び越えるなんて」短距離が得意で入部したはずなのに、顧問に勧められ...
面白い

木のおもちゃのぬくもり

陽介は三十代半ばの木工職人だった。彼の工房には、削りかけの木片や、乾燥させた板、そして色とりどりの木のおもちゃが並んでいた。積み木、車、動物の形をしたパズル……どれも角が丸く磨かれ、手にしたときに温かみを感じるよう工夫されている。子どものこ...
面白い

雲の手紙

子どものころから、空を見上げるのが好きだった。遊び仲間が鬼ごっこに夢中になっているときも、僕は校庭の端に寝転び、流れる雲をじっと見ていた。羊の群れのように連なる雲、巨大な山のように立ち上がる雲、そして夕暮れに染まって燃えるような雲。形も色も...
面白い

最後のコード

古びた木造の家の奥に、一本のギターが眠っている。ネックは少し反っていて、弦も錆びつき、音はかすかに歪んでいる。それでもそのギターは、誰かが奏でてくれるのを静かに待っていた。持ち主だったのは、今は亡き祖父・昭三(しょうぞう)。若い頃はブルース...
面白い

碁盤のささやき

古びた町の一角に、小さな囲碁教室があった。看板も色褪せていて、初めて見る人はそこに人が集っているとは思わないだろう。しかし、放課後になると子どもたちが駄菓子を片手に集まり、碁盤の上に石を打ち合う音が響いていた。少年・悠斗は、ある日、友だちに...
面白い

土の城の住人たち

森の奥深くに、ひときわ大きな蟻塚があった。高さは子どもの背丈ほどもあり、まるで小さな城塞のように盛り上がっていた。土の壁は幾度もの雨風を耐え抜いて固く、内部には無数の通路が走り、卵を守る部屋、食糧を蓄える倉庫、働き蟻たちの寝床が整然と分かれ...
面白い

整理の向こう側

佐伯美香は、小さなワンルームの部屋に住んでいる。会社勤めの事務員で、特別派手な趣味があるわけではない。けれども彼女には、人から不思議がられるほど熱中していることがある――収納だ。棚に並ぶ書類はラベルの色で瞬時に区別でき、衣類は色と季節ごとに...
面白い

荷台に揺れる約束

町はずれの整備工場の片隅に、一台の古びたトラックが眠っていた。青い塗装はところどころ剥がれ、荷台には小さな錆が浮かんでいる。エンジンをかけると少し苦しそうな音を立てるが、それでも確かな力を残していた。このトラックの持ち主は、四十代半ばの運送...