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昨日に置いてきたもの

朝、靴ひもを結ぼうとして、結べないまま立ち尽くした。指先は動くのに、なぜか輪が作れない。昨日、何かを置いてきたせいだと、理由もなく思った。それは駅前の古い歩道橋の下だった。夕方、雨が降り始め、信号待ちの人波が濁った川のように揺れていた。わた...
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まだ終わっていない話

夜になると、この町では未完の話が増える。たとえば、駅前の古い掲示板に貼られたままの募集広告。「至急。続きを探しています。」とだけ書かれ、連絡先は途中で消えている。雨ににじんだ文字は、まるで書いた本人が言葉を言い切れなかったみたいだ。僕は未完...
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不具合としての優しさ

そのロボットは、感情を持ちすぎてしまった。本来なら、人の声に反応し、命令を処理し、最適な答えを返すだけの存在だった。けれど彼は、言葉の「意味」だけでなく、その裏に滲む感情まで拾ってしまうように作られていた。「ありがとう」その一言に、胸の奥―...
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やさしい雨の理由

彼女が泣くと、雨が降る。それは生まれたときからの、どうしようもない事実だった。最初に気づいたのは母親だった。赤ん坊の彼女が声をあげて泣くと、晴れていた空が急に曇り、ぽつり、ぽつりと雨が落ちてくる。偶然だと思われていたが、何度繰り返しても同じ...
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怒りが色になるまで

その世界では、人は怒ると色が変わった。ほんの苛立ちなら頬が淡く黄ばみ、強い怒りは赤や紫へと深まる。激怒すると、黒に近い色が皮膚を覆い、もはや言葉よりも雄弁に感情をさらしてしまうのだった。だから人々は、感情を抑える術を幼いころから教え込まれる...
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夕暮れに話す木

夕方になると、あの木は声を出す。それを知っているのは、町でたぶん僕だけだ。学校からの帰り道、川沿いの土手に一本だけ残された古い木が立っている。幹はねじれて、皮はところどころ剥がれ、枝は空に向かって不格好に伸びている。周りはもうコンクリートで...
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川辺に残された返事

川のほとりには、返事のない言葉が流れ着く。朝霧の立つ時間、石の間にひっかかるそれらは、濡れた紙切れのように見えるけれど、耳を澄ますと微かに温度を持っているのがわかる。僕はそれを拾う人だ。最初に拾ったのは、「ごめん」という短い言葉だった。角が...
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エンドロールまで残る席

夕暮れの街に、もう看板の灯らない映画館がある。かつては週末になると行列ができ、ポップコーンの匂いが風に混じったその建物は、今ではシャッターの隙間から埃を吸い込むだけだ。閉館から一年、取り壊しを前にした最後の夜、管理人はひとりで客席に足を踏み...
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記憶銀行

街のはずれに、その銀行はあった。看板には小さく「記憶銀行」とだけ書かれている。お金は一切扱わない。その代わり、忘れたい記憶を預かる——それがこの銀行の仕事だった。重い扉を押して中へ入ると、静かな空気が満ちている。金庫室の代わりに並ぶのは無数...
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嘘の日に、本当を言った

町では年に一度だけ、「嘘の日」と呼ばれる日があった。その日は、口から出た嘘がすべて本当になってしまう。だから人々は、朝から慎重だった。冗談も、照れ隠しも、軽い見栄も許されない。八百屋の主人は「今日は大根が世界一甘いですよ」と言いかけて、ぐっ...