面白い

面白い

溶けるまでの一歩

冬のはじまり、町外れの小さな公園で、一つの雪だるまが生まれた。丸い胴体に少し曲がった鼻、煤で描かれたにこやかな目。名はまだない。けれど、夜明け前の静けさの中で、彼はふと「歩いてみたい」と思った。月が雲に隠れた瞬間、冷たい風が吹き抜ける。雪だ...
面白い

星降る谷のモミの木

深い山の奥、白い雪がしんしんと降り積もる静かな谷に、一本の若いモミの木が立っていた。まだ背は高くなく、枝も細い。それでも冬の星空の下で、凛とした輪郭を保ち、冷たい風にも折れずに揺れていた。この谷の木々には、昔からひとつの言い伝えがあった。「...
面白い

ひだまりを追いかけて

春の風がまだ少し冷たいある朝、佐伯あかりは目を覚ますと、まずカーテンの隙間から差し込む光の色を確かめた。やわらかな金色――その瞬間、胸の奥がふっと温かくなる。あかりは小さな頃から「太陽のにおい」が好きだった。洗い立ての布団に染み込んだ日差し...
面白い

夕陽にひびくピンポンの音

夕方の体育館には、ピンポン球の軽やかな音が響いていた。「カン、カン、コツン。」その規則的なリズムに耳を澄ませているのは、中学一年生の結城凛。小柄で物静かな彼女は、春から卓球部に入ったものの、まだ一度も公式試合に出たことがなかった。理由は簡単...
動物

月影通りのちいさな探偵猫

月影通りの端に、ひっそりとした古本屋がある。昼でも薄暗い棚の間を、すばやく駆け抜ける影――それが、この店に住みつく灰色の猫、ミルクだった。ミルクはただの飼い猫ではない。この通りで起こる小さな謎を解き明かす、“探偵猫”として知られていた。もっ...
面白い

巡りゆく瓶の旅

そのガラス瓶は、街はずれの小さなカフェで生まれ変わりの時を待っていた。もともとはハーブティーの瓶として世界中を旅し、やっと落ち着いた場所がこのカフェだった。透明な体に、淡い緑のラベル。中身が空になったその日、店主の紗耶は瓶をそっと洗い、リサ...
面白い

アリッサムの小さな風の物語

海に近い丘の上に、ひっそりと佇む古い灯台があった。いまでは灯りをともすこともなく、観光客が時折写真を撮りに来るだけの静かな場所。しかし、その足元には毎年春になると白や薄紫の小さな花が、一面に広がって咲き誇る。その花こそ、アリッサムだった。丘...
面白い

リボンの風が吹く町で

風の強い町だった。坂の多い地形に海から吹き上げる潮風が混ざり、通りを歩けば必ず髪が揺れる。けれど、その風が大好きだと言う人がいた。名前は紬(つむぎ)。町で小さな雑貨屋を営み、特にリボンを集めることに情熱を注ぐ女性だ。店に入ると、最初に目に飛...
動物

風に乗りたかったリス

森の外れに、小さな丘があった。そこには一本の大きなクルミの木が立ち、季節ごとに色を変えながら、森の仲間たちを見下ろしていた。その木の上に暮らしているのが、リスのピポ。ふわふわのしっぽが自慢で、好奇心が誰よりも強いリスだった。ピポには、ずっと...
面白い

永灯《えいとう》の継承

山のふもとにある小さな集落・火ノ澄《ひのすみ》には、古くから一本の松明が受け継がれてきた。その名も「永灯《えいとう》の松明」。どれほど強い雨の中でも決して火が消えないと言われ、村人たちは祭りや大切な儀式のたびにその火を分けてもらっていた。松...