面白い

面白い

時間はそこに置かれていた

町の外れに、使われなくなった駅があった。線路は途中で途切れ、時刻表は白紙のまま色あせている。けれど、その駅にはいつも同じものが置かれていた。――時間、だった。それは形を持たず、音もなく、ただ「そこにある」という感覚だけが確かだった。ベンチの...
面白い

記録されなかった瞬間

世界には、すべてを記録する装置があった。街角の会話も、すれ違いの視線も、心拍の揺れさえも、秒単位で保存される。人々はそれを「完全な記憶」と呼び、失われるものはもうないと信じていた。私の仕事は、その記録を管理することだった。無数の瞬間が収めら...
面白い

夢の続きが落ちている場所

夜明け前、街のはずれにある古い高架下には、夢の続きが落ちている場所があるという噂があった。それは紙切れのように風に舞うわけでもなく、石のように重く沈むわけでもない。ただ、気づいた人の足元に、静かに「そこにある」。私はその場所を知ってから、眠...
面白い

未送信の未来

未来からの手紙は、すべて未送信のまま保存される仕組みになっていた。理由は単純で、未来はまだ確定していないからだ。送信された瞬間に「一つの未来」へ固定されてしまうことを、人類は恐れた。だから未来通信局では、誰かに宛てて書かれた無数の文章が、送...
面白い

鍵のかからない記憶

その記憶には、鍵がかからなかった。人は誰でも、忘れたい記憶をしまうための小さな箱を心の奥に持っている、と言われている。蓋を閉じ、鍵をかけ、二度と開かないようにするための箱だ。けれど私の箱には、最初から鍵穴がなかった。朝、コーヒーを淹れる音を...
面白い

感情の誤差範囲

その世界では、感情は数値で管理されていた。胸に埋め込まれた小さな計測器が、喜び、悲しみ、怒り、愛情を測定し、日々の生活に支障が出ないよう調整する。表示されるのは「許容誤差 ±3%」。人間らしさを失わないために設けられた、わずかな揺らぎだった...
面白い

影が先に帰った日

その日、私は自分の影に置いていかれた。夕方、駅前の交差点で信号を待っていたときだった。西日に伸びるはずの影が、足元に見当たらない。代わりに、少し先の歩道を、私と同じ形をした黒い輪郭が、早足で進んでいくのが見えた。「待って」声を出したつもりだ...
面白い

ひとつ少ない世界

この世界には、いつも何かがひとつ足りなかった。それが何なのか、誰も正確には言えない。ただ、人々は朝起きた瞬間に、胸の奥に小さな空白を感じる。その空白は、思い出そうとすると指の間からこぼれ落ちる砂のように、形を持たない。街には信号機があるが、...
面白い

夜が名前を忘れるとき

夜が名前を忘れるとき、この町では人々の輪郭が少しだけ曖昧になる。それは決まって、月が雲に隠れた深夜二時。街灯の明かりが薄く伸び、影が自分の持ち主を見失い始める頃だ。夜は、ひとつずつ名前を落としていく。最初は呼び名。次に肩書き。最後に、自分で...
面白い

遠ざかる音だけが知っている

町の外れに、使われなくなった駅がある。線路は途中で途切れ、時刻表も色あせ、誰も電車を待たなくなった場所。それでも、夜になるとそこには「音」だけがやって来た。それは遠ざかる音だった。近づくことは決してなく、いつも少しずつ離れていく。靴音にも似...