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不思議

雲の上のゴンドラ便

高原の町・ミストロッジには、朝になると不思議な音が響く。チリン、チリン——まるで小さな鐘が風に乗って転がるような涼しい音。それは、町と雲の上を結ぶ一本のゴンドラが動き出した合図だった。ゴンドラの名前は「スカイメロウ」。青い湖のような色をした...
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レザーウッドハニーの物語

タスマニアの深い森に、ひときわゆっくりと時を刻む木がある。レザーウッド――その名のとおり、革のように丈夫な樹皮を持ち、気まぐれに花を咲かせる木だ。森に住む人々は昔から、その花が開く瞬間を「森が呼吸する時」と呼んだ。なぜなら、レザーウッドの花...
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午後三時の約束

晴れた日の午後三時、商店街のはずれにある小さな喫茶店「リーフノート」に、香澄は今日も足を運んでいた。木の扉を押すと、ベルが軽やかに鳴る。カウンターの奥ではマスターが穏やかな笑顔で迎えてくれる。「いつものミルクティーでいい?」「はい。お願いし...
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小さな部屋の住人

麻子は掌に乗るほどの小さな椅子を指先で撫でていた。木目の細やかさ、背もたれの曲線、そのどれもが本物の家具さながらの完成度だ。手のひらの中に、小さな世界が確かに存在している。その感覚がたまらなく好きだった。部屋の棚には、彼女がこれまで集めてき...
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朱の門の向こうへ

朱塗りの鳥居をくぐるたび、胸の奥が少しだけ温かくなる。小さいころから、奈央は鳥居が好きだった。初詣の神社で見た鳥居、町外れの丘に立つ小さな祠の鳥居、山道の奥に何十も並ぶ赤い列。どれを見ても、胸がきゅっとなる。まるで、どこか懐かしい場所へ帰る...
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花柄の部屋

春の光がカーテンの隙間から差し込んで、花柄のレースが床に影を落とす。その部屋の主、里奈は、今日もゆっくりと紅茶を淹れていた。カップもソーサーも、もちろん小さなバラ模様。花柄でないものを探すほうが難しいくらい、部屋中が花で満たされている。壁紙...
動物

ビスケットの香り

犬の肉球の匂いを嗅ぐのが好きだと言うと、たいていの人は少し驚いた顔をする。けれど、私にとってそれは、心の奥にあるやさしい記憶を呼び起こす香りなのだ。その匂いに初めて気づいたのは、小学三年生のとき。その日、母が拾ってきた子犬をタオルに包んで私...
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風の通り道

春の終わり、田植えの準備で村が慌ただしくなりはじめた頃。佐織は、三年ぶりにふるさとの田園へ戻ってきた。大学を卒業して東京の会社に勤めていたが、仕事に追われるうちに、自分が何のために働いているのか分からなくなってしまった。そんな時、祖母が体を...
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白亜の約束

海沿いの小さな町、潮風町。中学校の理科教師・佐藤陽介は、休日になるとスコップとブラシを手に丘の上へ向かう。そこは町外れの崖地で、古い地層が顔を出している。彼にとって、それは静かな祈りの場所だった。子どもの頃から陽介は石が好きだった。川原で拾...
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冬の灯り

冬の朝、窓辺の鉢に咲くシクラメンが、淡い光を受けて小さく揺れた。花びらの裏に宿る紅が、まるで頬を染めるように温かい。「今年も咲いたんだね」由紀は指先でそっと葉を撫でた。冷たい空気の中に、かすかな土の匂いが広がる。シクラメンの鉢は、三年前に亡...