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湯けむりの約束

春の終わり、山あいの温泉地「湯ノ里」は、まだ桜の花びらが川面を流していた。古びた湯宿「松の湯」の女将・綾乃は、湯煙に包まれたその景色を、縁側からぼんやりと眺めていた。綾乃は温泉が好きだった。湯に浸かる瞬間、体の芯までじんわりと熱が染み込んで...
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秋色の約束

十月の風が、街路樹の間をすり抜けていく。その風に乗って、橙や黄、赤の葉が舞い落ちる。まるで誰かが上から絵の具を散らしたように、地面は色とりどりの模様で覆われていた。春香はしゃがみ込み、手のひらにそっと一枚の葉を乗せた。縁が少し焦げたように茶...
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緑の息吹の中で

熱気が肌にまとわりつく。湿った空気の中、ユウは深呼吸をしてから一歩を踏み出した。ジャングルの中は、まるで生き物の体内に入ったようだった。木々が頭上を覆い、光は無数の葉を透かして緑の粒となって降り注ぐ。遠くで鳥の鳴き声、虫のざわめき、そしてと...
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星条旗の向こうへ

いつかアメリカを旅してみたい――その夢を、結衣は高校生の頃から抱き続けていた。理由を聞かれてもうまく説明できない。ただ広大な道を走り抜ける映像や、古い映画のワンシーンのような夕陽を見たとき、胸の奥がじんわり熱くなるのだ。大学を卒業してからも...
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絹の記憶

春の陽射しがやわらかく差し込む午前の縁側で、沙織は静かに着物の袖を整えていた。薄桃色の小紋に、桜の花びらが散るような柄。母が若いころに誂えたもので、少し肩が合わなくなっていたが、糸の艶やかな光沢は今も変わらない。「やっぱり、着物っていいなあ...
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薔薇の約束

春の陽がやわらかく降り注ぐ丘の上に、「ローズ・ガーデン結衣」はある。白いアーチをくぐると、無数の薔薇が迎えてくれる。深紅、淡桃、雪のような白。風が吹くたび、香りがふんわりと流れ、まるで夢の中を歩いているようだった。園の主・結衣は三十代の女性...
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潮騒の手紙

海辺の町に生まれ育った沙月(さつき)は、幼いころから波の音が好きだった。朝の穏やかな寄せ返す音も、夜に荒れる風と混ざる激しい音も、彼女にはどこか懐かしく、心の奥をやさしく撫でるように感じられた。祖母の家は、崖の上に建つ古い木造の家だった。窓...
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風をまとう日々

エンジンをかけた瞬間、胸の奥が小さく鳴った。低く唸る音が足の裏から伝わってくる。久しぶりに感じる震えに、体が少しだけ前のめりになった。――また、走れる。坂本涼は、ハンドルを握りながらゆっくりとアクセルを回した。赤いバイクが朝の光を受けて、静...
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白い時間

朝、冷蔵庫の扉を開けると、そこにはいつもの一本が待っている。白くて、静かで、どこか温かい気配を持った牛乳の瓶。真由はその姿を見るたび、少しだけ胸が落ち着くのを感じていた。彼女は小さな町のパン屋で働いている。開店は朝七時。空がまだ薄青く、街が...
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夏空にとける

七月の終わり、陽炎のゆらめく公園に、色とりどりの水ふうせんが並んでいた。りんご飴のように赤、ラムネ瓶みたいな青、透きとおる緑。手に取るとひんやりしていて、指の間から水の感触が逃げていく。小学五年生の陽菜は、しゃがみこんでその一つをじっと見つ...