面白い

面白い

整理の向こう側

佐伯美香は、小さなワンルームの部屋に住んでいる。会社勤めの事務員で、特別派手な趣味があるわけではない。けれども彼女には、人から不思議がられるほど熱中していることがある――収納だ。棚に並ぶ書類はラベルの色で瞬時に区別でき、衣類は色と季節ごとに...
面白い

荷台に揺れる約束

町はずれの整備工場の片隅に、一台の古びたトラックが眠っていた。青い塗装はところどころ剥がれ、荷台には小さな錆が浮かんでいる。エンジンをかけると少し苦しそうな音を立てるが、それでも確かな力を残していた。このトラックの持ち主は、四十代半ばの運送...
面白い

ユリが咲くたびに

夏の初め、真白なユリが庭先に並ぶ季節になると、里奈は決まって足を止めた。風に乗って漂ってくる濃厚で甘やかな香りは、彼女の心を遠い昔へと引き戻す。幼い頃、里奈の祖母は庭一面にユリを植えていた。祖母の背丈ほどに伸びた茎の先に大きな花が咲くと、家...
面白い

風を抱きしめるオープンカー

春の風が街をやさしく撫でる午後、直樹はガレージのシャッターを開けた。そこには、鮮やかな赤のオープンカーが眠っている。十年前、父と一緒に中古で買った車だった。父は数年前に亡くなったが、この車だけは手放せずにいた。エンジンをかけると、低い音が胸...
不思議

蒼き鱗の約束

山脈のさらに奥深く、雲より高い峰の影に「蒼き鱗のドラゴン」が棲んでいた。村人たちはその存在を古くから語り継ぎ、恐れと畏敬の念を抱いていた。火を吐けば森を焼き尽くし、翼を広げれば嵐を呼ぶ――そう言われてきたが、実際にその姿を見た者は少ない。た...
面白い

カラン坊の約束

小さな町の雑貨屋の棚の隅に、一つの古びたブリキの貯金箱が置かれていた。色は少しくすみ、表面には細かな傷がついている。それでも、丸い体に描かれた赤と青の模様は、どこか懐かしい温もりを感じさせた。その貯金箱は、何十年も前に作られたものだった。子...
面白い

緑に包まれて

健一がツタに惹かれるようになったのは、小学生の頃に祖母の家を訪れたときのことだった。古びた洋館風の家の外壁を覆うように伸びていたツタは、夏には濃い緑で家を涼しく包み、秋には赤や黄へと色づき、季節の移ろいをまるごと映し出していた。祖母はよく言...
面白い

ヒノキの香りに包まれて

佐伯真理子は、小さな町の図書館で働く司書だった。人と話すことも嫌いではなかったが、彼女が心から安らげるのは、本の並ぶ静かな空間と、ほんのりとした木の香りに包まれているときだった。特に好きなのは、ヒノキの香りだった。そのきっかけは、子どもの頃...
面白い

風を追い越す瞬間

照りつける夏の陽射しの下、スタートラインに並んだ瞬間、健太の心臓は高鳴っていた。自転車レースに出るのは初めてではなかったが、今回は地元で開催される大会。家族や友人も応援に来ている。いつもより緊張が強く、手のひらにはじっとりと汗が滲んでいた。...
面白い

歯ブラシが好きな人の物語

大地は、子どもの頃から「磨く」という行為が好きだった。絵筆で机に落書きをしては布で拭き、錆びかけた自転車のハンドルを磨き、曇ったガラスをこすっては「きれいになった」と満足げに笑っていた。そんな彼がいちばん夢中になったのが、歯ブラシだった。小...