面白い

面白い

小さな部屋の住人

麻子は掌に乗るほどの小さな椅子を指先で撫でていた。木目の細やかさ、背もたれの曲線、そのどれもが本物の家具さながらの完成度だ。手のひらの中に、小さな世界が確かに存在している。その感覚がたまらなく好きだった。部屋の棚には、彼女がこれまで集めてき...
面白い

朱の門の向こうへ

朱塗りの鳥居をくぐるたび、胸の奥が少しだけ温かくなる。小さいころから、奈央は鳥居が好きだった。初詣の神社で見た鳥居、町外れの丘に立つ小さな祠の鳥居、山道の奥に何十も並ぶ赤い列。どれを見ても、胸がきゅっとなる。まるで、どこか懐かしい場所へ帰る...
面白い

花柄の部屋

春の光がカーテンの隙間から差し込んで、花柄のレースが床に影を落とす。その部屋の主、里奈は、今日もゆっくりと紅茶を淹れていた。カップもソーサーも、もちろん小さなバラ模様。花柄でないものを探すほうが難しいくらい、部屋中が花で満たされている。壁紙...
動物

ビスケットの香り

犬の肉球の匂いを嗅ぐのが好きだと言うと、たいていの人は少し驚いた顔をする。けれど、私にとってそれは、心の奥にあるやさしい記憶を呼び起こす香りなのだ。その匂いに初めて気づいたのは、小学三年生のとき。その日、母が拾ってきた子犬をタオルに包んで私...
面白い

風の通り道

春の終わり、田植えの準備で村が慌ただしくなりはじめた頃。佐織は、三年ぶりにふるさとの田園へ戻ってきた。大学を卒業して東京の会社に勤めていたが、仕事に追われるうちに、自分が何のために働いているのか分からなくなってしまった。そんな時、祖母が体を...
面白い

白亜の約束

海沿いの小さな町、潮風町。中学校の理科教師・佐藤陽介は、休日になるとスコップとブラシを手に丘の上へ向かう。そこは町外れの崖地で、古い地層が顔を出している。彼にとって、それは静かな祈りの場所だった。子どもの頃から陽介は石が好きだった。川原で拾...
面白い

冬の灯り

冬の朝、窓辺の鉢に咲くシクラメンが、淡い光を受けて小さく揺れた。花びらの裏に宿る紅が、まるで頬を染めるように温かい。「今年も咲いたんだね」由紀は指先でそっと葉を撫でた。冷たい空気の中に、かすかな土の匂いが広がる。シクラメンの鉢は、三年前に亡...
面白い

星を拾う夜

高校二年の冬。空気が痛いほど澄んだ夜、海斗は学校の裏山にある小さな天文台にいた。冷えた金属の望遠鏡に頬を寄せ、息を止める。今夜は流星群の極大日だ。冬の星座がひときわ明るく瞬き、夜空の端から端へ、いくつもの光の筋が走っていく。天体観測が好きに...
面白い

手袋の物語

冬のはじまりを告げる風が吹いた朝、花は引き出しの奥から古い手袋を取り出した。生成りの毛糸で編まれた、指先まで柔らかく包みこむような手袋。右の親指のあたりに少しほつれがあり、毛玉もところどころに浮かんでいる。けれど、その小さな手袋は、彼女にと...
面白い

青い迷路の午後

休日の午後、陽介はいつものように古びた公園にいた。目的はひとつ、木の枝と落ち葉で「迷路」を作ることだ。子どものころから迷路が好きだった。線の中を鉛筆でなぞる単純な遊びに、彼は無限の可能性を感じていた。落ち葉を並べていくうちに、周囲の子どもた...