未来からの手紙は、すべて未送信のまま保存される仕組みになっていた。
理由は単純で、未来はまだ確定していないからだ。
送信された瞬間に「一つの未来」へ固定されてしまうことを、人類は恐れた。
だから未来通信局では、誰かに宛てて書かれた無数の文章が、送信ボタンを押されることなく眠っている。
私はその保管係だった。
画面に浮かぶのは、十年後の自分、二十年後の恋人、存在するかもわからない子どもからの言葉。
どれも「もし届いたら」という仮定の上に成り立っている。
ある日、ひとつの未送信文書が私の目に留まった。
送信者欄には「未来のあなた」とだけ書かれている。
本文は短かった。
――まだ間に合う。
――これを書いている私は、あなたが思っているより少し後悔している。
――送らないままでいい。でも、覚えておいて。
それ以上は、どれだけスクロールしても続きがなかった。
規則では、未送信文書を読むことは許されているが、感情移入は推奨されていない。
未来は可能性の集合体であり、個人的な意味を与えると判断を誤るからだ。
それでも私は、その文章を何度も読み返してしまった。
「まだ間に合う」
何に、なのだろう。
私は思い当たることをいくつも並べた。
連絡を取らなくなった友人。
言わなかった謝罪。
始める前に諦めた夢。
けれど未来の私は、具体的なことを何ひとつ書いていない。
ただ、後悔しているとだけ告げている。
その曖昧さが、かえって現実的だった。
後悔はいつも、輪郭を持たない。
私は衝動的に返信を書いた。
もちろん送信はできない。
未送信の未来へ、未送信の現在を書くことしか許されていない。
――何が間に合うの?
――私は今、迷っている。
保存ボタンを押すと、二つの未送信文書は静かに並んだ。
未来と現在が、触れずに重なった。
それから私は、少しずつ行動を変えた。
大きな決断ではない。
一通のメッセージを送る。
気になっていた場所へ行く。
「いつか」と思っていたことを「今日」に移す。
そのたびに、未来の未送信文書は増えも減りもしなかった。
変わったのは、私の読み方だけだった。
ある日、例の文書を開くと、末尾に一行だけ増えていた。
――たぶん、これも未送信のままだ。
私は少し笑った。
未来は、最後まで確定しない。
だからこそ、今は書ける。
送られない未来の言葉を胸にしまいながら、私は今日を選び続ける。
未送信であることが、唯一の希望として残るように。


