「おれ、いつかタワマン住むからさ」
高校時代、そんなことを真顔で言ってクラスを笑わせていたのが高田誠だった。
決して成績がよいわけではなかったし、運動も平均以下。
おまけに実家は団地の五階、エレベーターなし。
友人たちはその場ではからかい半分に「いいねぇ、最上階か?」「やっぱり夜景付き?」と持ち上げていたが、内心では誰も本気にしていなかった。
けれど、誠だけはずっと本気だった。
大学は地元の公立を選び、奨学金とバイトで学費をまかないながら、夜は経済書を読みあさった。
周囲が遊びに夢中になっている間、誠は副業のアフィリエイトや動画編集に手を出し、少しずつスキルと収入を積み上げていった。
「タワマンってさ、ただの見栄でしょ?」
そう言って笑った友人もいた。
でも誠にとって、それはただの「高級な家」じゃなかった。
小学生のころ、母親に連れられて訪れた都内のタワーマンション。
見上げるほどの高さ、エントランスの大理石、警備員の制服すら輝いて見えた。
エレベーターに乗り込み、40階まで一気に昇ったときの、あの胸の高鳴り。
眼下に広がる東京の街並みと、彼方にきらめくスカイツリー。
空に近づいたような気がした。
「こんなところに、住める人がいるんだね」
そう呟いた自分に、母は笑って言った。
「誠が頑張ったら、住めるよ。夢ってのは、誰かのものじゃなくて、自分のものだからね」
あの日の言葉が、彼を動かし続けていた。
大学卒業後、ベンチャー企業に就職。
営業でトップ成績を収め、20代後半には独立して起業。
決して順風満帆ではなかったが、誠はあきらめなかった。
損失を出しても、裏切られても、「タワマンに住む」という目標が彼を支えた。
そして32歳の春。
誠はついに、東京湾岸エリアのタワーマンション最上階の一室を購入した。
天井まで続くガラス張りのリビング、遮るもののない夜景、ホテルライクなコンシェルジュサービス。
子どものころ夢見たすべてが、そこにあった。
鍵を受け取ったその日、部屋にひとりで立ち尽くした誠は、ゆっくりと窓の方へ歩いた。
東京の街が、彼の足元にあった。
誰に笑われても、否定されても、自分の夢を信じ続けた結果が、この景色だった。
けれどその瞬間、ふと寂しさがこみ上げた。
「……あのころ一緒に夢を笑ってくれたやつ、元気かな」
誠はスマートフォンを取り出し、久しぶりに高校時代のグループチャットを開いた。
「久しぶり。タワマン、住んだよ」
すぐに返事が来た。
「うそだろ、まじか! お前だけは言い続けてたもんな」
「夢、叶えたんだな。おめでとう」
「引っ越し祝いしようぜ!」
誠は笑った。
夢を叶えたからこそ、分かることがある。
高層階の夜景も、最新の家電も、無音の静けさも、どれも自分の努力の証だけれど、それだけじゃ満たされない心もある。
彼はリビングにグラスを置き、静かに夜の東京を眺めながら、次の夢を考え始めた。
タワマンは、ゴールじゃなかった。
空に手が届いた今、誠はようやく気づいたのだ。
本当に大切なのは、「どこに住むか」じゃなく、「どんな人生を生きるか」だということに。