春になると、佐倉美咲(さくら みさき)は決まって庭にチューリップを植える。
赤、黄色、ピンク、紫、時には白やオレンジも。
花屋に並ぶ球根を見ては、今年はどんな色を増やそうかと胸を躍らせる。
美咲がチューリップを愛するようになったのは、小学生の頃に亡くなった祖母の影響だった。
「チューリップはね、色ごとに花言葉があるんだよ」
そう言いながら、祖母は美咲の手を引いて庭に出た。
陽だまりの中で揺れる色とりどりのチューリップは、まるで小さな宝石のように輝いていた。
「赤は愛の告白、黄色は希望、ピンクは優しさ。そして紫は不思議の色。いろんな気持ちを持ってる花なのよ」
祖母の優しい声が今でも耳に残っている。
祖母が亡くなった年、美咲は寂しさを抱えながら、祖母が残してくれたチューリップの球根を一つひとつ植えた。
芽が出るまで何度も庭を見に行き、最初のつぼみが膨らんだ時には思わず泣いてしまった。
花が咲くと、それは美咲への励ましのように見えた。
それから毎年、美咲の庭にはチューリップが咲き誇るようになった。
中学、高校、大学と環境は変わっても、春には必ずチューリップを植えた。
社会人になってからは忙しさに負けそうになることもあったが、祖母の思い出に背を向けることはできなかった。
そんな美咲には、毎年欠かさず訪れる場所があった。
祖母が眠る小さな墓地だ。
チューリップが咲く季節になると、カゴいっぱいに花を抱え、祖母に報告する。
「今年は新しい色を増やしたんだよ。オレンジ、すごくきれいに咲いたの」
風に乗って、美咲の声とチューリップの甘い香りが墓石を包む。
祖母がそこに座って一緒に笑ってくれているような気がして、美咲の胸は少しだけあたたかくなった。
しかし、美咲が28歳の春、いつもの春とは少し違う出来事が起きた。
「こんにちは。毎年チューリップを持ってきている方ですよね」
祖母の墓の隣にある墓に手を合わせていた青年が、美咲に声をかけた。
黒髪に優しい笑顔の青年は、どこかチューリップの花のような柔らかさを持っていた。
「はい。祖母が好きだった花なので、毎年植えてるんです」
「僕の祖母も、チューリップが大好きだったんです。ここに来るたび、隣の墓に色とりどりの花が供えられているのを見て、ずっとどんな人なんだろうって気になってました」
それをきっかけに、美咲と青年・涼介は少しずつ言葉を交わすようになった。
涼介もまた、祖母が残したチューリップの球根を受け継いでいた。
「僕、実はガーデニングは苦手で。でも祖母が残してくれたから、なんとか続けてるんです」
「わかる。私も最初は枯らしちゃったりして、いっぱい怒られました」
「怒られたんですか?」
「ううん、祖母の声が聞こえた気がして、勝手に反省してたんです」
二人は笑い合い、まるで昔から知っていたような親しみが生まれていった。
春の墓地には、二つの墓を囲むように、チューリップの花が咲き乱れるようになった。
赤、黄色、ピンク、紫、オレンジ。
それは二人の祖母がつないでくれた、不思議な縁の象徴だった。
ある年の春、美咲と涼介はお互いの庭を見せ合うことになった。
「僕の庭、まだまだだから恥ずかしいな」
「大丈夫。チューリップは、手をかけた分だけちゃんと応えてくれるよ」
涼介の家の庭には、まだ小さな芽を出したばかりのチューリップが並んでいた。
けれどそのひとつひとつが丁寧に植えられているのがわかる。
「祖母が最後に残した球根なんです。今年も無事に咲いてくれるといいな」
「きっと大丈夫。だっておばあさんも、涼介さんのことずっと見守ってくれてるから」
美咲の庭も、涼介の庭も、春には色とりどりのチューリップでいっぱいになる。
赤は愛、黄色は希望、ピンクは優しさ、紫は神秘、そしてオレンジは未来の約束。
チューリップが好きな二人の春は、これからも続いていく。
祖母から受け継いだ花とともに、少しずつ、新しい未来を育てながら。