黄金の道

面白い

十一月の風が、街をやわらかく撫でていた。
並木通りを歩くと、足もとには黄金色の絨毯が広がっている。
イチョウの葉だ。
陽の光を受けてきらきらと輝くその葉の海を、由香はゆっくりと踏みしめた。

毎年この季節になると、彼女はここを歩く。
特別な理由があるわけではない。
ただ、イチョウの葉を見ると、心が落ち着くのだ。

彼女が初めてイチョウを意識したのは、小学三年生の秋。
転校してきたばかりの学校の校庭に、大きなイチョウの木があった。
授業の合間、ひとりで遊ぶことの多かった由香は、その木の下でよく絵を描いた。
黄色い葉が風に舞う光景を見て、「空から光が降ってくるみたい」と思った。

その木の下で、彼女は最初の友だち、拓人に出会った。
「何描いてるの?」
「イチョウ」
「じゃあ、ぼくも描いていい?」
二人で並んでスケッチブックを広げた午後のことを、由香はいまでも覚えている。

中学生になり、高校生になり、そして大学を卒業してからも、二人はなんとなく連絡を取り合っていた。
だが、就職して別々の街に住むようになってから、次第に会う機会は減った。
忙しさに追われ、季節を感じる余裕もなくなっていた頃、ふと窓の外に黄色い葉が舞うのを見て、由香は思い出した。
「そういえば、拓人、元気かな……」

その年の秋、久しぶりに帰省した由香は、昔の学校の近くまで足を運んだ。
イチョウの木は、昔よりもさらに大きくなっていた。
枝を広げ、まるで空を抱きしめるように立っている。
その根もとに、誰かが落ち葉で円を描いていた。

「やっぱり、来ると思った」

振り返ると、そこに拓人が立っていた。
少し背が伸び、顔つきも大人びていたが、笑い方は昔と同じだった。

「この時期、ここに来るのが君の癖だろ?」
「覚えてたんだ」
「もちろん。毎年、誰より先にイチョウの色が変わるのを見に行く人だから」

二人は並んでベンチに座り、落ち葉を眺めた。
沈む夕日が葉を透かし、あたりはまるで金色の海のようだった。

「この木、もう何十年もここにあるんだな」
「うん。見上げてると、いろんなことが小さく見える」
「そうだな。俺も、この木みたいに、ずっと誰かのそばにいられたらいいのにな」

拓人の言葉に、由香はそっと顔を向けた。
彼の視線はまっすぐで、風が吹くたび、金色の葉が二人の肩に落ちてくる。

あの日から数年が過ぎた。
由香は今もこの通りを歩く。
だが一人ではない。
隣には、手をつないだ小さな男の子がいる。

「ママ、この葉っぱ、星みたい!」
「ほんとだね。空からお星さまが降ってきたみたい」

子どもが拾ったイチョウの葉をポケットに入れる。
見上げると、あの木がまた黄金に輝いていた。
枝の間から漏れる光は、どこまでも優しい。

由香は思う。
人生のなかで、何度も形を変えて訪れる「秋」がある。
そのたびに、イチョウの葉は人を包み込み、失くしたものと、新しく得たものをそっと照らしてくれる。

風が吹き、無数の葉が舞い上がる。
黄金の道の先で、彼女は今日も足を止める。
――あの日と同じように。