白いチョコレートの約束

食べ物

冬の終わり、まだ寒さの残る街の片隅に、小さなチョコレート専門店があった。
看板には「Chocolaterie Neige(ショコラトリー・ネージュ)」と書かれている。
「Neige」とはフランス語で「雪」を意味する。店主の名はユキ。
白髪に見えるほどの銀髪と、雪のように白い肌をもつ、年齢不詳の女性だった。

だが、ユキの作るチョコレートには、誰にも真似できない特別な力があった。

特に人気なのが「ホワイトチョコレートの祈り(Prière Blanche)」という商品で、真っ白な板チョコの裏側には、食べる人の願いごとが浮かび上がるという噂があった。
「恋が叶った」「長年の夢が実現した」などという話が口コミで広がり、都会からも客が訪れるようになった。

そんなユキの店に、一人の少年が現れた。

「ホワイトチョコレート、ください」

少年の名はソウタ。小学六年生。
少し生意気な目つきをしていたが、その奥に大きな孤独を抱えているようだった。

ユキは黙って、木箱に入ったチョコレートを差し出した。

「それは簡単には食べちゃいけない。願いごとが本当に心からのものであったなら、チョコがこたえてくれるわ」

ソウタは何も言わずにうなずき、代金を置いて去っていった。

翌日から、彼は毎日店に現れるようになった。

「願いごとは、一つじゃダメなの?」

「一つだけよ。ほんとうの願いを見つけるためには、まず、自分の心を知ること」

「そんなの、どうやってわかるんだよ」

「白いチョコが、教えてくれるかもしれないわ」

ソウタはその日も、無言で帰っていった。

数週間後、ユキは異変に気づいた。
毎日通ってくるはずのソウタが、突然来なくなったのだ。
心配になったユキは、商店街の知り合いを通じて彼のことを調べた。
どうやらソウタの母親が突然倒れ、入院してしまったという。

その夜、ユキは自分の作業場で、一枚のチョコレートを包んだ。
いつもと違う、ほんの少しだけ甘さを増した特別なレシピで、彼のためだけに作ったホワイトチョコレートだった。

次の日、彼女は病院へ向かった。

病室の前で、彼女はソウタと出会った。
目の下にクマをつくり、目を真っ赤にしたソウタは、ユキを見て一瞬驚いたようだったが、何も言わなかった。

「これを食べなさい」とユキは言って、包みを差し出した。

「……願いごとなんて、もうないよ。どうせ叶わない」

「そう思うなら、なおさら食べなさい。これは、誰かの願いを叶えるためのチョコよ。自分のためじゃなく、誰かを想う気持ちが込められたとき、ホワイトチョコレートは本当の力を見せるの」

ソウタは黙って受け取り、その場で包みを開けた。
かじると、中からほんのりとしたバニラの香りと、どこか懐かしい甘さが広がった。

そしてその瞬間、板チョコの裏に、白い文字が浮かび上がった。

「おかあさんが、また笑えますように」

ソウタは目を見開いた。
それは彼がずっと心の中にしまっていた願いだった。

ユキはうなずいた。

「それでいいの。あなたの願いは、自分だけのものじゃない。誰かを大切に思う気持ちは、どんな魔法より強いのよ」

数日後、ソウタの母は容態を回復し、目を覚ました。

春が訪れ、雪が溶けるころ。
ショコラトリー・ネージュには、また新しい客が訪れていた。
ソウタも、店の手伝いをするようになっていた。
いつか、自分も誰かの願いを叶えられるようなチョコレートを作りたいと、笑って話すようになった。

ホワイトチョコレートは、ただ甘いだけじゃない。
人の心を照らす、白い祈りのようなもの。

そしてそれは、今日も誰かの願いを、静かにかなえているのだった。