南の海に浮かぶ岩場の影に、ちいさな青いペンギンが一羽、隠れるように立っていた。
彼の名前はピコ。
フェアリーペンギン――世界で一番小さなペンギンだ。
生まれてまだ半年。
大人になるにはもう少しかかるが、ピコはもう巣を離れ、魚を探して海へ出る訓練を始めていた。
けれど、彼の心は不安でいっぱいだった。
「ぼくなんて、みんなよりずっと小さい……波だって、こわいよ」
他の若鳥たちは器用に波間を泳ぎ、時折空を飛ぶように跳ねていた。
ピコはただ岩陰にじっとして、母がくれた小魚の味を思い出すだけだった。
ある日、村の年長ペンギンの一羽、ラルクがピコのそばに来て言った。
「ピコ、おまえ、海がこわいのか?」
「……うん。こわい。流されそうになるし、魚もつかまえられない」
「ふむ。それは当然だ。だがな、海はおまえの敵じゃない。相棒になる存在だ」
「相棒?」
「そうだ。大きくて、気まぐれで、ときには優しい相棒さ。おまえがその心を知れば、海はおまえに道を教えてくれる」
ピコにはその言葉の意味がすぐにはわからなかった。
しかし、ラルクの言葉に背中を押されるようにして、次の日、ついに一人で海に出てみることにした。
波が押し寄せる。
そのたびに身体が浮かび、ぐらりと揺れる。
怖かった。
でも、逃げなかった。
「……ぼくも、やってみる」
そうつぶやいて、ピコは小さな翼を広げ、水の中へと飛び込んだ。
初めは沈みかけた。
でも足を蹴って、羽ばたくように水をかくと、体が浮いた。
小さな体だからこそ、動きは素早く、スイスイと水中をすり抜ける。
ピコは自分でも驚いた。
「泳げてる!」
光が差し込む水の中、キラキラと魚の群れが泳いでいた。
ピコは狙いを定めて追いかけた。速い、でもあきらめない。
何度も方向を変え、ついに一匹の小魚を捕まえることに成功した。
海面に顔を出すと、水平線が広がっていた。
風が吹き、波が寄せてくる。
「ありがとう、海……」
ピコは心の中でつぶやいた。
そのとき、どこか遠くで、クジラの歌声が響いたような気がした。
その日以来、ピコは毎日海に出た。
波に乗り、魚を捕らえ、潮の流れを読むことを覚えた。
彼は少しずつ、大人になっていった。
ある晩、夕暮れの浜辺で、ラルクがまたやって来た。
「ピコ、おまえはもう、立派な海の旅人だ」
ピコは恥ずかしそうに笑った。
「まだまだ。でも……海が好きになったよ」
「それでいい。ペンギンにとって、一番大事なのは、恐れよりも――好きになることだからな」
その夜、ピコは巣に戻り、星空の下で静かに目を閉じた。
潮の香り、風の音、海のぬくもり。
すべてが優しく彼を包んでいた。
ちいさな青い影は、こうして大きな世界へと旅立っていったのだった。