佐伯奈々は、クッションが好きだった。
それはもう、普通の「好き」ではない。
ソファに並べるための数個では足りず、気がつけば部屋中が大小さまざまなクッションで埋まっていた。
丸いもの、四角いもの、星型、ハート型、動物の形をしたもの。
ふわふわ、もふもふ、さらさらと、手触りも重さも色も違う。
家に帰るとまず、お気に入りのクッションの山にダイブするのが奈々の日課だった。
「……はぁ、今日も疲れたぁ」
今日もクッションの海に顔を埋めて、奈々はため息をつく。
職場では相変わらず要領のいい同僚たちに先を越され、上司にはきつくあたられた。
頑張っても頑張っても空回りする自分に、奈々は少しずつ自信を失っていた。
でも、クッションたちは何も言わない。
どんなに疲れて帰ってきても、怒られたって、悔しくて泣きそうな日でも、彼らはただそこにいて、奈々をやさしく包みこんでくれる。
ある夜、奈々はふと、夢を見た。
それは、クッションだけでできた森の夢だった。
ふわふわの木々、もふもふの小道、空を見上げれば、ふわふわの雲クッションがふよふよ浮かんでいる。
奈々はその森を裸足で歩きながら、自然と笑顔になっていた。
すれ違う動物たちも、みんなクッションのように柔らかい。
ふわふわのウサギ、もこもこのリス、ぽよぽよしたフクロウ。
誰も奈々を責めないし、否定しない。
奈々は思わず、大きな声で叫んだ。
「私は私でいいんだ!」
すると、森のあちこちから「その通りだよ」というように、クッションたちがポンポンとはずむ音が聞こえた。
奈々は目を覚ました。
朝の光がカーテン越しに差し込んでいる。
顔の下には、昨日買ったばかりの大きなクッションがあった。
「……そっか」
彼女は、ふと気づく。
今まで、誰かに認めてもらうために、自分を無理に変えようとしていた。
でも、たとえ不器用でも、失敗ばかりでも、笑われたっていい。
クッションたちは、ありのままの奈々を受け止めてくれていたのだ。
その日から、奈々は少しだけ変わった。
職場で失敗しても、あまり引きずらなくなった。
うまくいかないことがあっても、「今日もよく頑張ったね」と自分に声をかけ、家に帰ればクッションの森に飛び込んだ。
時には、クッションをぎゅっと抱きしめながら涙を流す夜もあったけれど、それも悪くなかった。
泣きたいときには泣いていい。
そんなふうに思えるようになった。
やがて、奈々の周りにも少しずつ変化が現れた。
気づけば、彼女に話しかけてくれる同僚が増えた。
笑顔で「ありがとう」と言われることも、少しずつ増えていった。
「なんだか、最近楽しそうだね」と言われるたび、奈々は胸の中でクッションたちに感謝した。
家に帰れば、クッションたちが待っている。
今日もたくさん頑張った奈々を、ふわふわと受け止めてくれる。
奈々は今日も、クッションたちに顔をうずめる。
「ただいま」
小さくつぶやくと、どこかからポン、とやさしい音が聞こえた気がした。