リップの向こう側

面白い

私の部屋の棚には、ずらりとリップが並んでいる。
赤、ピンク、ベージュ、オレンジ……艶やかなもの、マットなもの、ティントタイプ、スティックタイプ。
海外ブランドからプチプラまで、メーカーも質感もバラバラだが、それぞれに思い出が詰まっている。

「また増えたの?」

姉の麻美が呆れたように言いながら、私のコレクションを眺める。

「うん、新作が出てたから」
「もう百本超えてるでしょ。全部使ってるの?」
「……まあね」

本当は、使いきれないものもある。
けれど、私はリップを集めるのがやめられない。

最初にリップを手にしたのは、中学二年生のときだった。
近所のドラッグストアで見つけた五百円のピンクのリップクリーム。
友達が「色付きリップ可愛いよ」と教えてくれたのがきっかけだった。

その一本を塗ったとき、私は自分の顔が少し違って見えた。
いつもより明るく、少し大人びた自分がそこにいた。
鏡の中の私が笑っていた。

「可愛いじゃん」

そう言ってくれたのは、当時仲の良かった奈々だった。

「もっといろんな色試してみたら? 朱色とか、ベージュとかさ」

奈々の言葉に背中を押され、私は少しずつリップを集めるようになった。
色を変えるだけで、違う自分になれる気がした。

けれど、高校に上がる頃には奈々とは疎遠になっていた。
彼女は別のグループに入り、私は一人でいることが増えた。
昼休みも、帰り道も、なんとなく居場所がない。
そんなとき、私はリップを塗る。

「これを塗ったら、私は強くなれる」

そんなおまじないのように、一本、また一本とリップが増えていった。

大学に入ると、SNSでコスメ好きな人たちと繋がるようになった。
おすすめの色を紹介し合ったり、デパートのコスメカウンター巡りをしたり。
私は一人ではなくなっていた。

だが、ある日、ふと気づく。

――私は、本当にこのリップたちを愛しているのだろうか?

買うことが目的になってしまっていないか? ただのコレクションにしてしまっていないか?

そんな疑問が浮かんだのは、大学の友人である美咲が、私のリップを手に取りながら言った言葉だった。

「この色、私には似合わないかな?」

それは、私が何度か試したけれど、結局あまり使わなかった深みのあるワインレッドだった。

「ううん、絶対似合うと思う」
「じゃあ……もらっていい?」

私は一瞬、ためらった。
けれど、美咲の期待に満ちた瞳を見て、思いきってリップを差し出した。

「いいよ。私より、美咲のほうが似合うと思う」

美咲は嬉しそうに笑い、すぐに塗ってみせた。

「どう?」
「すごく素敵。大人っぽくなった」

鏡を覗き込みながら、彼女は満足げに微笑む。
その姿を見て、私は思った。

――リップは、集めるだけのものじゃない。誰かに似合う色を見つけてあげるのも、楽しいことなんだ。

それから私は、ただ集めるのではなく、誰かに似合う色を探すことも楽しむようになった。
友達におすすめを聞かれたら、じっくり選んであげる。
自分のコレクションの中で、使っていないものは、誰かに譲る。

リップの向こうには、新しい私と、新しい出会いが広がっていた。