商店街の片隅に、古びた中華料理店「満天楼」があった。
創業から五十年、店の看板メニューは「あんかけ焼きそば」だった。
パリパリに焼かれた麺の上に、たっぷりの具材ととろりとした餡がかかる。
その味はどこか懐かしく、それでいて奥深い。
しかし、時代の流れとともに客足は減り、店の存続が危ぶまれる状況になっていた。
店主の坂本源一は、かつてはこの商店街で知らぬ者のいない名料理人だった。
しかし今はもう七十を超え、昔のように鍋を振るうのも少し大変になってきた。
そんな祖父を支えようと、大学を卒業したばかりの孫・坂本涼が店に入った。
涼は幼い頃から祖父の作るあんかけ焼きそばが大好きで、いつか自分もこの味を受け継ぎたいと考えていた。
だが、現実は厳しかった。
「じいちゃんのあんかけ焼きそば、すごく美味しいのに、お客さんが減ってるよね……」
涼が呟くと、源一は穏やかに笑った。
「時代の流れってやつさ。でも、味だけは変えたくないんだよ」
確かに、満天楼のあんかけ焼きそばは、手間暇かけた昔ながらの製法を守っていた。
麺は特注の生麺を一度茹でてから、鉄板でじっくりと焼き、表面を香ばしく仕上げる。
餡は中華鍋で丁寧に作り、火加減ととろみのバランスを見極めながら仕上げる。
その味を求める常連客もいたが、時代は変わり、手軽なチェーン店やデリバリーが主流になりつつあった。
そんなある日、常連の吉田武が言った。
「涼くん、最近はネットがすごいらしいじゃないか。お前もじいさんの味を世の中に広めてみたらどうだ?」
「ネットか……」
涼は思い出した。
友人がYouTubeで料理動画を投稿し、それがきっかけで店の売上が伸びたと言っていたことを。
もしかすると、満天楼の味も広められるかもしれない。
次の日、涼はスマートフォンを手に、あんかけ焼きそばの動画を撮り始めた。
パリッと焼かれる麺、ジュワッと広がる香ばしい香り、鮮やかな野菜や海鮮が餡の中で輝く様子……。
それらを編集し、「伝統のあんかけ焼きそば」と題してSNSに投稿した。
最初はほとんど反応がなかったが、一週間ほど経つと状況が変わった。
「涼、お前の動画、バズってるぞ!」
友人からの連絡を受けて確認すると、再生数は数万回を超え、コメント欄には「この焼きそば、食べてみたい!」「どこにあるの?」といった声が溢れていた。
その影響で、店に新しい客が増え始めた。
遠方から訪れる人もおり、久しぶりに店の中は活気に満ちた。
ある日、店の前にスーツ姿の男が訪れた。
彼は有名な食品会社の開発担当者で、満天楼のあんかけ焼きそばを商品化したいと提案してきた。
「全国のスーパーやコンビニで販売すれば、多くの人にこの味を届けられます!」
涼は嬉しかったが、祖父の顔を見ると、少し考え込んでいた。
「確かに多くの人に食べてもらえるかもしれんが……機械で作ったものが、本当にこの味を再現できるか?」
満天楼のあんかけ焼きそばは、火加減、餡のとろみ、麺の焼き加減……すべてに職人の技が込められている。
それを工場で再現するのは容易ではない。
涼は悩んだ末に言った。
「僕たちの味を守りながら、多くの人に食べてもらう方法を考えたいです」
そこで、食品会社と協力し、冷凍食品としての開発を進めることにした。
工場での試作を何度も重ね、冷凍でも満天楼の味を再現することにこだわった。
そして、ついに納得のいく味が完成し、全国販売が決定した。
数ヶ月後、「満天楼のあんかけ焼きそば」は全国のスーパーで販売され、大ヒット商品となった。
店にも引き続き客が訪れ、商店街にも活気が戻りつつあった。
祖父はそんな光景を眺めながら、静かに微笑んだ。
「涼、お前のおかげでこの味が次の世代にも残せそうだな」
「うん。でも、やっぱりこの店で食べるあんかけ焼きそばが一番美味しいよ」
「ははは、そうかもしれんな」
こうして、伝統の味を守りながら新たな挑戦を続ける涼と満天楼は、これからも多くの人々に愛され続けていくのだった。