クリームチーズの手紙

食べ物

大人になってから、ふと気づいたことがある。
私はずっと、クリームチーズが好きだった。

幼いころ、母が作ってくれたベーグルサンドには、決まって厚くクリームチーズが塗られていた。
プレーンのベーグルに、真っ白でなめらかなクリームチーズ。
その上には薄くスモークサーモン。
レタスやトマトよりも、私はその白い層が何より好きだった。
スプーンでそっとすくって舐めると、口の中でゆっくりと溶ける。
酸味とまろやかさが同時に広がるあの感覚。特別なごちそうだった。

小学生のころ、遠足のお弁当はみんなおにぎりや卵焼きだったけれど、私の弁当箱にはクリームチーズとくるみのサンドイッチが入っていた。
クラスメイトには「変わってるね」と言われたけれど、私はそれがちょっと誇らしかった。
クリームチーズは私だけの秘密の宝物だった。

高校生になっても、冷蔵庫には必ずクリームチーズの箱があった。
勉強に行き詰まると、スプーンでひとすくい。
お腹が空いていなくても、ただ舐めるだけで気持ちがほぐれた。
失恋したときも、模試の結果に落ち込んだときも、クリームチーズは変わらずにそこにいて、何も言わずに私を受け入れてくれた。

大学に進学して一人暮らしを始めても、冷蔵庫にはクリームチーズが必ずある生活は変わらなかった。
朝ごはんはトーストにクリームチーズ。
夜中にレポートを書きながらも、クラッカーにクリームチーズ。
友達が遊びに来たときも、「これ美味しいんだよ」と、嬉しそうにクリームチーズディップを出した。
みんなが「美味しい!」と驚く顔を見るのが好きだった。

そんな私のクリームチーズ愛を知ってか知らずか、ある日、母から一通の手紙が届いた。
中には短い手紙と、小さな箱。
手紙にはこう書かれていた。

「久しぶりに、あなたが小さい頃好きだったクリームチーズを見つけました。覚えていますか? クリームチーズを見るたびに、あなたの笑顔を思い出します。元気にしていますか?」

箱を開けると、見覚えのあるクリームチーズのパッケージ。
子どものころ、何度も何度も手に取った青いパッケージ。
懐かしさに思わず笑ってしまった。
そして、涙がこぼれた。

最近、忙しさにかまけて、母に電話をすることも少なくなっていた。
クリームチーズが好きな自分も、少しずつ忘れかけていた気がする。
だけど、こうして母から届いたクリームチーズは、過去の自分を思い出させてくれた。
あのベーグルサンドの味、遠足のサンドイッチ、失恋の夜にひとすくい口にしたあの瞬間。
それはいつも、私を支える味だった。

久しぶりに母に電話をかけると、電話口の向こうで少し驚いた声がした。
「どうしたの?」と尋ねる母に、「ありがとう」とだけ伝えた。
クリームチーズの話をすると、母はクスクス笑った。

「あなたは本当に変わらないわね。」

変わらないものがあるって、なんて心強いんだろう。
私はそう思いながら、またひとすくいクリームチーズを口に運ぶ。
舌の上に広がる懐かしい味は、今も変わらず私の背中をそっと押してくれる。

クリームチーズは、私にとってただの食べ物ではない。
それは、私の人生の味。
そして、大好きな母からの、変わらない愛の味だった。